
その物語の原点にもとって塩冶浪士討ち入りが決行された12月の上演となった「東海道四谷怪談」。
二つの物語の関わりをより強く描いてとてもドラマチックな舞台になっていました。
初役のお岩含め五役に挑むのは市川染五郎さん。
幸四郎さんの伊右衛門は23年ぶりなのだとか。
通し狂言 「東海道四谷怪談」
発 端 鎌倉足利館門前の場
序 幕 浅草観世音額堂の場/ 浅草田圃地蔵前の場/ 同 裏田圃の場
二幕目 雑司ヶ谷四谷町民谷伊右衛門浪宅の場/ 同 伊藤喜兵衛宅の場/
元の伊右衛門浪宅の場
大 詰 本所砂村隠亡堀の場/ 深川寺町小汐田又之丞隠れ家の場/
本所蛇山庵室の場/ 鎌倉高師直館夜討の場
作: 四世鶴屋南北
補綴: 国立劇場文芸研究会
出演: 松本幸四郎 中村錦之助 市川染五郎 市川高麗蔵 坂東新悟
大谷廣太郎 中村米吉 中村隼人 松本錦吾 片岡亀蔵 市村萬次郎
坂東彌十郎 大谷友右衛門 ほか
2015年12月13(日) 12:00pm 国立劇場 1階1列センター
冒頭、花道スッポンから鶴屋南北登場。
「平成の市川染五郎という役者から私の戯曲に手を加えたいという手紙が来たので、夢枕に立ってこっくりうなづいてやったら大喜びしていた・・」というようなツカミを。
「怪談 牡丹燈籠」の円朝さんといった趣きですが、さすがこのあたりは染五郎さん、達者です。

その南北の言のとおり、最初に足利館門前の場があって、最後は雪の舞い散る中、高師直館夜討の場で締めくくられる舞台。
さらに、小汐田又之丞隠れ家の場(この場面観るの多分初めて)を加えることで、「仮名手本忠臣蔵」の世界とこの物語の結びつきをより色濃くわかりやすく描き出した印象です。
そこに、忠臣の美談と讃えられる「忠臣蔵」の影には、名もなき市井の人々の悲しみや憎しみが数多くあったのだという南北のシニカルな目線も感じました。
とはいっても、中心となるのはお岩-伊右衛門の物語。公金横領を隠蔽するために妻 お岩の父を手にかける伊右衛門、お岩の妹・お袖をものにしたいばかりに許嫁の佐藤与茂七(人違いだけど)を殺す直助、孫娘を恋焦がれる伊右衛門と添わせるため、お岩に毒を盛る隣人の伊藤喜兵衛とお梅の母お弓など、ろくでもない悪人ばかりの中、お岩と小仏小平-心中に見せかけて殺された2人の哀しみと忠義がより心に染み入る展開です。
染五郎さんは、お顔の美しさは申し分ないのですが、このところガタイが大きくなったので、薄物を着る女方どうかしら、と思っていたのですが、しっかり体を殺して儚げなお岩さんそのものになっていました。花道の最初の出の時には「あれ、染五郎さんなの?」と驚いてオペラグラスで確認したほどです。
美しく清楚で儚げ、それでいて凛として武家の娘、武士の妻としての矜持を見せてくれました。
伊藤家からもらった薬を、「伊藤様 ありがとうございます」と隣家に向かって手を合わせ、一粒もこぼさないよう大切に丁寧に口に運ぶお岩。
醜く変貌した自分の顔を見て、「これが私の顔かいな」と絞り出す悲痛な叫び。
お歯黒をつけ、母の形見のくしで髪を梳き、抜ける髪に見せる恐怖と苦悶の表情。
染五郎さんのお岩は、怒りや怨念というより、心の底から深い哀しみが滲むような女性でした。
元々幽霊こわくない派の私ですが、凄まじいほど憎しみをつのらせて死んでいくお岩さんには恐ろしさより切なさ、子を遺していく無念さがより強く感じられて涙が出ました。
一方の小仏小平も染五郎さんが演じていますが、その忠義の心にこれまた泣きそうに。
「薬くだせえ 薬くだせえ」の声が何とも切なくて。
小汐田又之丞(中村錦之助)のことも丁寧に描かれているので、小平の忠節がよりわかりやすくなっていて、薬が効いて又之丞がすっくと立った時には救われた思いでした。
幸四郎さんの伊右衛門はとにかく憎たらしい(笑)。
何と言うのでしょう、血が通っていないような、得体の知れない不気味さでした。
ほんとに、こんな男と出会ったのが間違いだったよ、お岩さん。
お岩さんのことが好きなのにあまりの悲惨さに怯える宅悦の亀蔵さん、憎々しい中に愛嬌のあるお熊の萬次郎さん(宙乗り初めてなんですって)、思うように動かない体で憔悴する表情がお似合い錦之助さん、直助ってもっと若いイメージだったけどこちらもナカナカの彌十郎さん、観世音額堂での最初の登場が目を見張るくらい美しかったお袖の新悟くん、白無垢の綿帽子姿が博多人形のように美しかったお梅の米吉くん、庄三郎ではすぐ殺されちゃったけど、討ち入りの竹森喜多八では鮮やかな殺陣を見せてくれたイケメン隼人くん(この殺陣のお相手は小林平八の亀蔵さん。若者相手に一歩もひけを取らずスバラシイ)・・・まわりの人々も彩り豊か。
「地獄宿」の場が省かれていたので、与茂七とお袖の物語があまり描かれていなかったのは少し残念でした。
物語の深みとしてももちろん、せっかく新悟くんのお袖ちゃんよかったし、染五郎さんのパリッと男前の与茂七ももう少し観たかったです。
お岩・小平の戸板返しの早替わり(これに与茂七を加えた三役早替り、本当に驚くほど早い)、提灯抜けからそのまま宙を跳ぶお岩さん・・しかもお熊を一緒に吊り上げたり、二階席から悲鳴が聞こえたので振り向いて見上げると通路をササッとお岩さんが動いていたり・・・伝統的な四谷怪談プラス新演出もズバリ。
そして最後は雪の降りしきる中、討ち入り装束の塩冶浪士たちが勢ぞろいして、染五郎さん五役目の大星由良之助で気持ちよく締めます。
あの討ち入り黒装束はどの役者さんも3割増しで男前度が上がりますが、染五郎さん大星カッコよかったぁ(←完全に贔屓目線)。
いつか「仮名手本忠臣蔵」の通しの由良之助もやっていただきたいです。
ここで幸四郎さん石堂右馬之丞が出てきていいこと言うのだけど、
正直のところあれは余分だったかな、と(小声)。

討ち入りの足あと。
最前列でしたので、帰宅したらバッグの中からも雪がひらひら出てきて、お岩さんの切なさを思って胸がキュンとなりました のごくらく度


