
新感線 「蒼の乱」千秋楽のレポに「アテルイ」再演希望と田村麻呂を勘九郎くんで、と妄想配役まで書いたのが昨年6月2日。
七月演舞場の歌舞伎「阿弖流為」が発表されて狂喜乱舞したのが今年の1月27日。
そして。
待ち焦がれた「阿弖流為」に会えた7月5日。
やっと会えた高揚感と幸福感に満たされた初日から1週間。
心静まるばかりかまた観たいという思いがつのるばかり。
松竹創業120周年 歌舞伎NEXT 「阿弖流為」
作: 中島かずき
演出: いのうえひでのり
美術: 堀尾幸男 照明: 原田保 衣装: 堂本教子
音楽: 岡崎司 振付: 尾上菊之丞
アクション監督: 川原正嗣 立師: 中村いてう
出演: 市川染五郎 中村勘九郎 中村七之助 坂東新悟 大谷廣太郎 中村鶴松 市村橘太郎 澤村宗之助 片岡亀蔵 市村萬次郎 坂東彌十郎 ほか
2015年7月5日(日) 4:30pm 新橋演舞場 1階2列センター
日の国若き時、其の東の夷に蝦夷あり。
国家統一のため、北の地に住むまつろわぬ(従わない)民 蝦夷を討伐する征夷大将軍に任じられた坂上田村麻呂(中村勘九郎)と一度は荒覇吐の神の怒りを買い故郷を追放されながら、蝦夷軍を率いる長となる阿弖流為(市川染五郎)。
互いに認め合う二人の英傑が、抗えぬ運命によって雌雄を決するまでを、蝦夷の盗賊頭 立烏帽子(中村七之助)や、田村麻呂の姉で帝の巫女である御霊御前(石村萬次郎)、右大臣藤原稀継(坂東彌十郎)など周りを取り巻く人々の人間模様とともに描きます。
柝の刻まれる音とともに開く定式幕。
オープニングで鮮やかに舞いながら登場した七之助さん立烏帽子。
そこから怒涛の殺陣が展開して、「阿弖流為」の文字が浮かび上がり、勘九郎さん田村麻呂が、染五郎さん阿弖流為が、登場するたびにもう「ひぇっ」と声が出そうなくらいカッコよくて、ずっとワクワクドキドキ。
物語の世界に惹き込まれっぱなしでした。
「歌舞伎NEXT」と銘打っているだけに、従来の歌舞伎とはひと味もふた味も違った印象。
スピード感、疾走感にあふれた舞台ですが、全体的な感触としてはまだ若干新感線寄りかなという気も。激しい殺陣のシーンなんて、時々新感線の舞台を観ているような錯覚を覚えました。
その新感線テイストに歌舞伎を重ねて融合させた感じ。
阿弖流為、田村麻呂がそれぞれ花道で見得をキメたり、くるくると回転するような激しい高速殺陣が急にゆったりとした歌舞伎の型になったり、だんまりになったり。
大詰め、怒りに燃えた阿修羅のごとき阿弖流為が花道を飛び六方で引っ込んだ時には心臓バクバク。
(「朧の森に棲む鬼」の終盤、鬼の形相で両手を広げて花道を駆け抜けて行ったライを思い出したけど、もちろんライは飛び六方なんてしない)
「アテルイ」で、「どっち観ていいか目が足りないじゃん!」とうれしい悲鳴を上げた両花道の名乗りはそのまま。
まるでテニスの試合見物みたいに右見たり左見たり忙しかったよね。
今回座席が2列ながら20番というまさにど真ん中の席だったのですが、舞台上で阿弖流為が、田村麻呂が、真ん中に座ってじっと正面を見据えて台詞を言う場面が何度かあって、「え?ワタシ、見られてる?」(違)と緊張して思わず目を伏せたりも(笑)。
岡崎司さん率いるバンドをそのまま黒御簾に入れて、刻まれるロックに重なる附け打ちの音。
山﨑徹さんの躍動するような生のツケが、ドラムやギターに負けじとリズムを刻んで突き抜ける小気味よさ。
そのツケの音に合わせて動く役者さんたちの、客席の隅々にまで響き渡るマイクなしのナマ声。
これぞ歌舞伎の醍醐味です。
今回、新感線→歌舞伎という変更ばかりでなく、坂上田村麻呂を勘九郎さん、立烏帽子と鈴鹿の二役を中村七之助さんが演じるということで、中島かずきさんが物語を書き直されたということですが、どちらがどう、というのは好みの問題として、その脚本の変更がとてもよくハマって物語により納得性が増して、役者さんたちはまるで最初からあて書きされていたかのよう。
一番違うところは、鈴鹿(釼明丸)という役がなくなった点でしょうか。
「アテルイ」で、阿弖流為のそばにいつも立烏帽子がいるように、田村麻呂の隣には鈴鹿(釼明丸)が寄り添っていたのですが、この鈴鹿がいないので、一幕が終わった時点では「田村麻呂と鈴鹿の関わりはどうなるのかな?」とお目にかかった高麗屋贔屓の方ともお話したくらいです。
ところが、二幕になると怒涛の展開の中、あぁ、なるほどという形で田村麻呂と鈴鹿の出会いと別れがあり、それがこの物語をよりドラマチックにも切なくも見せていて、ほんとっ、中島かずきさんすばらしいなっ!
ラストについては、田村麻呂と鈴鹿が生き残って結ばれることで、阿弖流為が命を賭して守りたかった蝦夷の血が絶えることなく繋がっていくという希望が見えた「アテルイ」の方が個人的には好みではありましたが、今回は阿弖流為が一人じゃないという意味で救われた思いもしたのでした(空の上だけど)。
田村麻呂は、堤真一さんのイメージが強かったのですが、きっちり「勘九郎さんの田村麻呂」になっていました。
これはご本人の力量はもちろんのことながら、やはり脚本の改訂が大きいと思います。
年齢的には「アテルイ」の阿弖流為・田村麻呂の関係性とちょうど逆転した感じ。
「義はいい。だが大義となると胡散臭い」と正面切って言える濁りのない真っ直ぐな青年。
ここに挫折・・・と言ったらいいのか、「叔父上」と慕っていた藤原稀継に裏切られるという翳りを落としたことで、阿弖流為と田村麻呂が互いにその生き様に感じ合っていることに加えて、立場は異にしていても「本当は一人」という孤独感を両者とも抱えていることが観る者にも伝わって、だから、言葉に出さずとも互いを認め合う、そして認め合っているからこそ力の限り命のやり取りができる、という心情が痛いほどに感じられたのでした。
一人は蝦夷の両刃の剣で、もう一人は大和の直刀で。
心で結びつきながら、運命に導かれ、渾身の力を振り絞って刃を交える阿弖流為と田村麻呂。
その命の獲り合いの壮絶なまでの迫力に涙がぽろぽろこぼれました。
阿弖流為がわざと斬られた時の二人の表情

「お前っ。阿弖流為!」という田村麻呂の声

染勘七の3人を筆頭に、役者さんたちは、皆さん本当に全身全霊で役に取り組んでいるのがひしひしと伝わります。
勘九郎さんの身体能力の高さ。
あの見得や殺陣の重心の低さ。
ここぞここぞでピタリとキマる表情の錦絵のような美しさ。
曇りのないのびやかさ、「若」と慕われる品のよい佇まい。
七之助さんの艶やかな華。
立烏帽子と鈴鹿の鮮やかな演じ分け。
キレッキレの殺陣。
立烏帽子がアラハバキの正体を現す場面の神々しさと人外のもの感、凄絶なまでの迫力は、これぞ歌舞伎の立女方がやるべき役だと思い知りましたし、染五郎さんが、この役ができるのは七之助さんしかいない、と考えたのもむべなるかなと思ったのでした。
カーテンコールの幕が開いた時、染五郎さん、勘九郎さんのお二人がまだ役が抜け切れず硬い表情の中、七之助さんが衣装のエプロンみたいになっている裾をドレスみたいに両手でつまんでフリフリスウィングしてたのが超キュートでした。
亀蔵さん蛮甲の剛な生き意地の悪さ。加えて愛嬌。
今回、中島かずきさんは「一旦笑いを全部削ぎ落とした」後、少し戻したとおっしゃっていましたが、その笑いの部分のほとんどは蛮甲と熊子に集約されているようでした。
にしても、蛮甲と熊子の温かさ、かわいらしさ、おかしさ、そして切なさ(涙)。
萬次郎さん御霊御前の妖しい存在感。
決して美人ではなくむしろオドロオドロしいのに女の人にしか見えないという(笑)。
あんなメイクであんな衣装であんなネイルまでして、それでも歌舞伎役者としてブレなさ。
彌十郎さん稀継の威圧感。
上背も押し出しもある彌十郎さんなればこその大物悪党ぶりがピタリ。
今回3人以外の配役で一番意外で、一番ハマっていた新悟くんの阿毛斗。
「アテルイ」では村木よし子さんが演じた役です。
笑いの要素を一切排除して、男でも女でもない中性的な雰囲気に巫女の神秘性も加わって、とても印象的でした。
そして市川染五郎さん。
孤高の阿弖流為のカリスマ性。
あの髪型の似合いっぷり、ビジュアルのカッコよさハンパない。
もちろん殺陣は流れるように美しく、両刃の剣づかいも鮮やか。
カラコン入れた瞳が何だかいつも憂いを湛えているようにも見え、
心に孤独を抱え、運命を背負って志高く生きる阿弖流為が愛おしくてたまりませんでした。
一幕は台詞が迷路に入り込んでしまったような場面もありましたが、それを補って余りある気迫。
蝦夷を率いて立つ阿弖流為と歌舞伎NEXTへと踏み出した染五郎さんの覚悟が重なって見えました。
カーテンコールのご挨拶で、歌舞伎NEXT誕生の生き証人となった私たち観客に
「そのことが誇りとなりますよう」と染五郎さんは言ったけれど、
染五郎さんの存在そのものが誇りであり、染五郎さんのファンである自分が誇らしいと心から思いました。

何度も繰り返していますが、「アテルイ」は新感線の数ある名作の中でも特に好きな作品で、それを歌舞伎化する、しかも染五郎さん主演で、というのは願ってもないことでした。
いのうえさんだから、中島さんだから、染五郎さんだから、きっとすばらしいものにしてくれるはずと信じる気持ちがある一方、もし、今イチだったらどうしようという危惧が心のどこかにあったのもまた正直なところ。
そんな不安をすべて吹き飛ばしてくれました。
初日にして完成度はかなり高かったですが、まだまだ進化の予感もする舞台。
歌舞伎NEXT 誕生です。
初日カーテンコール
市川染五郎さん「クロスロード」
「アテルイ」復習
という訳で松竹座まで待ち切れず、予定外のリピート決定です のごくらく度




こちらは銀座駅に7月12日まで掲出されていた巨大ポスター。
残念ながら見ることはできませんでしたが。
