
記憶を失っていくことは
命の終わりが近づいてきた証
好意を抱いていながらこれまでその想いを口にすることのなかった裕香の記憶がうすれていることを知り、「今度はちゃんとするから」と言い残して飛び出していく山岸。
その姿を見送った裕香がつぶやきます。
「私、あの人に惹かれていたこと覚えてないけど、今、いいなぁって思った」
MONO 第42回公演 「ぶた草の庭」
作・演出: 土田英生
出演: 水沼健 奥村泰彦 尾方宣久 金替康博 土田英生/
山本麻貴 もたい陽子 高阪勝之 高橋明日香 松原由希子
2015年3月19日(木) 7:30pm HEP HALL D列下手
民家の居間といった雰囲気の集会所。
片隅にガラスで区切られたスペースがあり、その中に白い防護服、マスクをつけた男性。
中の人たちとガラス越しに話しています。
ここは「ヨコガワ病」という伝染病の患者が隔離されている島で、
その病気の原因は曖昧にされ有効な治療法もなく、
患者は記憶がうすれ、体のどこかにある赤い斑点が紫色に変わると死を迎えるらしい。
そしてその病気が主に発症した地域は、「ガンジ」と呼ばれるマイノリティが住む場所
といったことが彼らの会話から見えてきます。
過酷な現実。
死と隣合せの先の見えない不安を抱えながらも一見のどかとも思える暮らしをするコミュニティに新しい患者が3人やってくるところから物語は始まります。
不治の病への感染により突然奪われる幸福、死の恐怖と絶望、世間の偏見との戦い
・・・ハンセン病やHIV、SARS、エボラ出血熱といった病気の流行を知る私たちにはとても絵空事の物語とは思えず、リアルな恐怖さえ感じます。
また、無責任かつ事実を隠匿しようとする政府への批判や、移民やマイノリティへの差別といった社会的な問題にも踏み込んでいますが、それを声高に訴えるのではなく、人と人とが互いに思い合う心のやり取りを描くことで、その残酷さと切なさを際立たせています。
しかも、笑えない深刻な状況下で、言葉のキャッチボールでおかしみを醸し出し、様々な伏線を丁寧に拾ってラストに持っていく土田英生さん、さすがの作劇です。拭い去れない不安を抱えたまま、相手を思いやったり、時に本音をぶつけ合ったりしながら懸命に生きる人たち。
重いテーマの中に散りばめられたユーモアにクスクス笑いながら観ていたら・・・
結婚した日に病気が発覚して隔離され、自暴自棄になっていたナオ(松原由希子)。
そのナオちゃんが過去の記憶を忘れないためではなく、未来を信じるために書き綴った記憶ノート。
「今日、ヨコガワ病の原因が特定された」
「今日、特効薬が発見された」
「今日、島を出ることになった」
「今日、島の仲間と旅行に行った」
ナオちゃんが「今日」「今日」「今日」と読み上げる、決して来ることはない(であろう)未来の日記に涙がじんわりあふれました。
それをみんなが聞いている時、突然、暁明(土田英生)の遺品を床に叩きつけて怒り出す山岸(水沼健)。
温厚で、「わからないんだ」と言い続け、その温厚さゆえに優柔不断とも受け取られてリーダーの役を更迭された山岸が初めて見せた怒り。
ナオちゃんの願う未来が来ないことへ
愛する人が自分への想いを忘れてしまったことへ
そのすべてを引き起こしたヨコガワ病と、自分たちを見捨てようとしている国へ
そして何よりも、これまで行動しなかった自分自身へ
静かな、だけど激しい怒り。
冒頭とラスト、繰り返し出てきた、黙ってカーテンを閉める
何か決意を秘めたような山岸の表情が印象的でした。
そして冒頭に書いたシーンです。
愛する人に自分のことを忘れられてしまうニガさ。
その人を愛していたことすら忘れてしまう切なさ。
部屋を飛び出し、海の中で怒りの旗をただ振り続ける山岸を追って走り出す仲間たち。
解決策は何も提示されていないけれど、最後に見えた一筋の希望を信じたい。
突然降りかかってきた大きな理不尽に押し潰されそうになった時、私は絶望して泣くかな、怒るかな、その運命を受け容れて静かにその日を待つことができるかな。
そんなことを考えながら、いろんなことに妥協し、諦めて、無為に日々を過ごしがちな今の自分を重ね合せ、背中を押されたような気持ちにもなったのでした。
MONOの5人に女優さん4人と男優さん1人が客演。
役者さん一人ひとりも、全体のバランスもとてもよかったです。
この日はアフタートークがあって、
MONOから土田英生さん・金替康博さん、客演陣からもたい陽子さん・松原由希子さんのご登壇でした。
MONOの稽古場は他とどう違うか?みたいなユルいトークでしたがおもしろかったです。
もたいさんが、「普通は演出家が手をパンと叩いて稽古スタート!みたいに始まりますが、土田さんはずっとふざけていていつ始まったのかわからない」みたいなことをおっしゃった時、
土田さんが、「書いた者の立場としては、その(台詞の)読み方、違うんだよなぁ、と思うこともある訳です。でも、そこで『もたいさん、そこはそうじゃなくて・・』みたいに言ったら現場が凍りつくでしょ。だからいつも『もたちん、スタート』みたいに・・」
とおっしゃったのが印象的でした。演出家としての土田さんを垣間見た思い。
ちなみに、松原さんのことは「バーバラ」と呼んでいらっしゃいましたが、「毎日あだ名が増えていく」と松原さん(笑)。
もうひとつ
「関西の劇団は昔から体育会系のとこ多くて。よその劇団員にも『お前、何年生まれや?』みたいな…」と土田さん。
いかにもそんなこと言いそうな劇団リアルに思い浮かんで笑ってしまいましたw
アフタートーク終わったらそのままの服装でバッグ肩にかけてすぐロビーに出てきてた土田さん、キュートでした のごくらく度


