2015年03月19日

わかってると思うが、俺はクズなんだ 「地下室の手記」

chikashitsu.jpgイキウメのオルタナティブ。
「カタルシツ」は「語る室」=物語る部屋であり、「カタルシス」の駄洒落でもあると前川知大さん。
2013年にその第一弾として上演された「地下室の手記」。
前回スケジュールが合わず観に行けませんでしたので、こんなに早い再演はうれしかったです。


カタルシツ 「地下室の手記}
原作: ドストエフスキー /安岡治子訳
脚本・演出: 前川知大
美術: 土岐研一 
照明: 松本大介 
映像制作: ムーチョ村松
ドラマターグ・舞台監督: 谷澤拓巳
出演: 安井順平

2015年3月15日(日) 1:00pm HEP HALL D列(最前列)センター



ドフトエフスキーの同名小説が原作。
世間から軽蔑され虫けらのように扱われた男が、自分を笑った世界を笑い返すため自意識という「地下室」に引きこもり、世の中を憎み、妬み、攻撃し、そして後悔の念からもがき苦しむ・・・終わりのない絶望と戦う元小官吏のモノローグを、前川知大さんが舞台を帝政ロシア時代から現代の日本に、手記をニコニコ動画の生放送に置き換えて、地下室に引きこもる40男の自意識過剰問答を延々と描きます。

自意識過剰でプライドが高くて、それゆえ、現実の自分を受け容れることができず苦しみ、卑屈になっていく男。
その言葉の一つひとつが、まるで自分のことを言われているようでいたたまれない気持ちになる私たち。
他人と関わろうとして手痛い失敗をした話、ある若い女性との苦い後悔を伴うエピソード・・・原作は未読ですが、ここに描かれたあれこれはほぼ原作通りということらしいです。
それをまさに「今」を感じられる物語に仕立て上げた前川さんの脚本と演出のすばらしさ。
同時に、人間が抱える自意識や屈折といったものは何と普遍的なのでしょう、と150年も前にこの物語を書いたドストエフスキーにも思いを馳せたり。幕開き。
舞台上手の袖から顔を覗かせて登場する安井順平さん。
「姓は安井 名は順平。皆からは安井順平と言われてますが」 と自己紹介。
安井さんが語るテイなのですが、「言っておきますが、これは台詞ですからね。僕が言ってるんじゃない。ドストエフスキーが言っている。前川氏もね、言ってましたよ。これは、『僕が、そう思ってるんじゃない。ドストエフスキーがそう書いてるんだ。』ってね」
と言いながら、駆け込み乗車して間に合わなかった人たちの取る行動や、フェイスブックやブログを書く人の心理・・・「ブログを備忘録として書いてるって、そんなの言いわけでしょ?見せたいんだ。だから公開してるんでしょ?」なんて誰もが思い当たる(もちろん私も耳が痛いあせあせ(飛び散る汗))を語りかけながら、いつの間にか地下室に引きこもった男になって、「カメラは・・よし」と言いながらニコ生の準備を始めるのです。

ここは多分原作にはなくて前川さんの加筆かな。
安井さん本人と物語の男との虚実が曖昧になるとともに、卑近な例を示されることで、こういった自意識は誰もが持っていて、これは「私の物語」でもあると認識されられるという点で、この導入はとても効果的だと思います。

もう一つ、原作にはなくて加えられたものとしてニコ生で中継を見ている人たちのコメント。
いろいろなタイミングで後ろの壁に映し出されるコメントが辛辣だったり自虐的だったりまたよくできていて、まるでそれを見ている自分たちの気持ちを代弁しているようにも、また、逆に自分が言われているようにも感じられるのでした。
最初のうち否定的だったり揶揄するようなコメントばかりが目立つ中、最後には「何気に神配信」「オマエは俺か?」と言われるまでになって、「乙」「乙」「88888888」という文字で埋めつくされる壁。
椅子に座って一人佇む安井さん。
感動的・・・という思いに浸る間もなく、「ストーップ!曲ストップ!何やってんの?こんないい感じの曲かけて。勝手に何、いい話にしようとしてんの?そういうんじゃないからっ!!」
なんていうラストもスナップ効いていました。


エピソードの中ではやはり風俗嬢リサとの交錯がその結末も含めて心に残ります。

「後悔していることは山ほどある。それでも今思い出すのは、ある女との出来事だ」

助けを求めて彼の家まで訪ねてきたリサ。
「わかっていると思うが、俺はクズなんだ」-助けられないと告げる男。
「お互いの存在を認められたら、2人とも救われたのに」とリサ。
「彼女は俺のことも救おうとしていた」
そこまでわかっていて、そして心も通じ合えたのに、
どうしようもなく彼女を傷つけてしまった彼の後悔は切なくやり切れないです。


このリサが部屋を訪ねてくるシーン。
初演では女優さんが実際に演じられたそうですが、今回は安井さんの一人芝居。
これがねー。

部屋の壁紙が端の方からじわりじわりと剥がれて、現れる扉。
その扉が開いて、光が射し込んで、そこに立つリサが見えるようでした。
この演出、すばらしかったです。
リサを相手に一人芝居する安井さんも。
美術(土岐研一)も照明(松本大介)も含めて研ぎ澄まれた空間だったな。

ドラマターグ・舞台監督として谷澤拓巳さんもクレジットされていましたが、どれくらい関わっていらっしゃるのか興味あるところです。


演じる安井順平さんもまたすばらしいのひと言。
どうしようもないクズ男で性格もヤな奴なんだけど、抱き枕やフィギュアをリサや友人に見立てて立ちまわったり、ワインを頭からぶっかけられたり、リサの突然の来訪に部屋を大慌てで片づけたり、何だかいろいろチャーミング(笑)。
そして感情と台詞の緩急。
あんなアップダウンを2時間近くノンストップでたった一人で毎日演じて、心身の消耗はいかばかりか。
役者さんって本当に凄い。


だけどたまに安井さんと八嶋智人さんがカブる のごくらく地獄度 わーい(嬉しい顔) ふらふら (total 1340 わーい(嬉しい顔) vs 1343 ふらふら)
posted by スキップ at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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