
その井上くんが2002年の初演から演じてきた「モーツァルト!」。
モーツァルトが亡くなった年齢と同じ35歳を区切りとしてファイナルステージとなった今回の公演。
その大千秋楽のチケットをありがたくも取っていただいて、会社早退して観てきました。
ミュージカル 「モーツァルト!」
脚本・歌詞: ミヒャエル・クンツェ
音楽・編曲: シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詞: 小池修一郎
音楽監督: 甲斐正人
出演: 井上芳雄 市村正親 花總まり 平野綾 山口祐一郎 春野寿美礼
阿知波悟美 武岡淳一 吉野圭吾 柿原りんか ほか
2015年1月15日(木) 1:00pm 梅田芸術劇場メインホール 1階6列(3列目) 下手
「レ・ミゼラブル」も「エリザベート」も、海外ミュージカルの日本版初演を私は結構観ていて、それっきりということが多いのですが、この「モーツァルト!」も実は2002年の初演を観ています。
モーツァルト役は井上くんと中川晃教くんのダブルキャスト。
当時の私にとっては二人とも「無名の新人」でしたので、写真見たイメージだけで「この役にはこっちの人の方が合いそう」と直感で中川くんヴァージョンを選んだのでした。
「まるで憑依したよう」と言われたその後の絶賛ぶりを知るにつけ、自分で自分の直感を誉めたいくらい(笑)。
でも今となっては、あの時の井上くんも観ておきたかったなという気持ちです。
コンスタンツェは松たか子さん。あの頃はむしろ松たかちゃんがお目当てだったな。
そして細かい内容はほとんど忘れていました

舞台は18世紀のオーストリア。
3歳でピアノを弾き、5歳で作曲を始め、「奇跡の子」と呼ばれた天才音楽家・モーツァルトの半生を描いたミュージカル。
厳格な父 レオポルト(市村正親)や優しい姉 ナンネール(花總まり)に見守られて育ち、彼の才能に惹かれて集まる様々な人々の思惑や軋轢に苦悩しながらも自分らしく、自由に作曲することを追い求め続けて35歳で夭逝したモーツァルト。モーツァルトを描いた作品としては映画や舞台にもなった「アマデウス」も有名ですが、この作品では、音楽については天才ながら、普段はお金も欲しいし女の子も好き、時にはお酒にも溺れるという普通の青年として描かれているヴォルフガング。
天才ゆえの苦悩や挫折、親子の葛藤、支配者と被支配者、夫婦の心のすれ違いといった様々なテーマが描かれていて、観る人によって、また同じ人が観てもその時によって、フォーカスが違ってくるのがこの作品の魅力であり、何度も再演されている所以かなと思います。
モーツァルトには彼の才能の化身である「アマデ」が常に寄り添っている、というのがこの作品の特徴でもあります。
「才能が宿るのは肉体なのか、魂なのか」というテーマがベースとなっているそうですが、私はアマデはやはりヴォルフガング自身なのだと感じました。
ヴォルフガングの傍らで曲を書き続けるアマデ。
譜面に向かったアマデがイライラした様子でペンを振ります。
インクが出ない=才能が枯渇していることを表しているのでしょうか。
アマデはヴォルフガングの腕に何度もペンを突き刺し、そこから流れる血で狂ったように楽譜を書き続けます。
まさに「心血を注いで書く」という芸術家の凄まじさを見せつける場面。
そこに重なる「影を逃れて」の大合唱。
一幕終わりのこのシーンの厳しさと迫力に圧倒されっ放しでした。
もう一つ印象的だったのは、ヴォルフガングが父の死を知った場面。
「お前がパパを殺したんだ」とアマデを責めるヴォルフガング。
それはそのまま自分が父を殺したと自分自身を責めているようで、見ていて痛々しいほど。
父の死に混乱し絶望するヴォルフガングの耳に聞こえてくるヴァルトシュテッテン男爵夫人の「星から降る金」。
この曲は一幕でも歌われるのですが、このシーンのリプライズでは歌詞が少し違っています。
年老いた王様の話に例えて、「愛とは解き放つことよ、愛とは離れてあげること」と、ヴォルフガングのウィーン行きを断固として許そうとしない父レオポルトに言い聞かせる意味合いが強いと感じた一幕ですが、
ここでは、「大人になるということは 倒れた後も立ち上がること 音楽に身を捧げるなら 全ての鎖断ち切るの」と歌います。
父の死の重圧に潰れそうなヴォルフガングに救いのようにも道を示唆するようにも思えますが、この場面は一幕と違って、男爵夫人が実際にその場に居合わせた訳ではなく、ヴォルフガングの心が聞かせた声。
とするとそれば、ヴォルフガングの自立への覚悟に他ならなくて、その厳しさと孤独感に涙。
「大人になるということは 倒れた後も立ち上がること」を自分の生き方に重ね合わせてまたナミダ。
ここの春野寿美礼さんの歌唱がまたね~

それほどまでの覚悟もしたのに、最期には、かつてアマデから腕に刺されたペンを、自ら自分の胸に突き立てるヴォルフガング。
やはりヴォルフガングとアマデは一人なんだとも思いましたが、切なくて苦しくて、神様に魅入られた天才と人生の激しさ、厳しさが心に染み入りました。
井上芳雄くんのヴォルグガングは、豊かな歌唱力は言うまでもなく、ですが、「僕こそ音楽」にしても、同じ曲でも場面によって歌い方や声に変化があって、役の感情と歌が完全にシンクロしているところがすばらしく(歌唱に秀でた人はとかく「歌を聴かせる」方向に感じられることが多いので)、ミュージカルスターとして稀有な才能の人だと改めて思いました。
センターに立つのが本当によく似合うのも相変わらず。
モーツァルトと同じく、天賦の才を与えられた人だと思いますが、演出の小池修一郎先生がカーテンコールで、「初演の時と比べてラブシーンとか堂に入ったものになって、当時の映像があったら見比べてみたい。手練手管が違う」とおっしゃっていて(←井上くんは「その話おかしいでしょ!」とツッコんでた)、ラブシーンに限らず、努力して成長してきた天才なのだな、と。
コンスタンツェは私の中でかなり悪妻のイメージが強かったのですが、平野綾さんは一途にヴォルフガングを思っていていじらしい妻という造形。
歌もお芝居も想像以上によかったですが、夫の愛を待って寂しがっている受け身な妻という感じ。
ヴォルフガングという天才の妻で、誰よりもヴォルフの一番の存在でいたかったのではないかなと思うコンスタンツェにしては普通の女の子過ぎて若干物足りなかったです。
初演からずっとシングルキャストで演じている市村正親さんの父レオポルトと山口祐一郎さんのコロレド大司教は盤石。
特に市村さんのレオポルドは、この作品がまた「父と子の物語」でもあることを改めて感じました。
例の「星から降る金」の場面で、厳格なレオポルドの表情に、未来へ羽ばたこうとする息子に捨てられるかもしれないという畏れとか卑小さが見えるあたり、すばらしかったです。
カーテンコールで、
「病気をしましたがこうして復帰できたのは、まだ舞台の神様に愛されているのかなと思います」とおっしゃった市村さんにまた涙。
その後に、ちゃっかり次回作「ラ・カージュ・オ・フォール」の宣伝するところがいかにも市村さんでしたが(笑)。
ロックとクラシックが融合した名曲の数々。
初演では多分気づかなかったのですが、ちゃんとモーツァルトの曲も時折挟み込まれているのね。
ソロからアンサンブルに至るまで、聴き応えのある歌唱、コーラスの厚み。
ミヒャエル・クンツェさん、シルヴェスター・リーヴァイさん、小池修一郎さんのトリオは「エリザベート」と同じですが、やはりどこか雰囲気が似ている印象です。
美術の堀尾幸男さんもかな。
他の登場人物が時代考証された中でジーンズで歌い踊るヴォルフガングが印象的な衣装は宝塚歌劇団の有村淳先生。
目で耳で心で楽しめる一級のミュージカルでした。
昨年11月8日に帝劇で開幕した今回のシーズンの大楽であり井上芳雄ヴォルフガングのラストステージということで、初演でコンスタンツェを演じた西田ひかるさんも登場してさながら祝祭のようなカーテンコール。
井上くんが
「ヴォルフを演じるのはこれが最後ですが、これからはきっと自分の中で生きていて、助けになってくれるに違いないと思っています。
皆さんもこれから辛い時があっても、ヴォルフガングという男が悩み苦しみながら生きていたということが、少しでも助けになってくれればいいと思います。」
とおっしゃっていたことが、そのすっきり晴れやかで達成感に満ちた表情とともにとても心に響きました。
どうか今日の井上くんのヴォルフが、倒れた時に立ち上がる私の指針となってくれますように。

鳴り止まぬ拍手に最後にはアマデの柿原りんかちゃと二人で幕前に出てきた井上くん。
オーケストラを紹介して拍手を促した後、「そして僕たちにもっと大きな拍手を!」と自作自演「笑)。
りんかちゃんを背負って、「おおきにー!」
下手幕に入る直前には、「みんなめっちゃ好っきゃねん!」
ぎこちない大阪弁も大変チャーミングでした のごくらく度



大千秋楽をご覧になったのですね。いいなー!!
井上くんのヴォルフ、本当に素晴らしいですよね。
努力して成長してきた天才、という言葉に深く同意いたしました。
私の中ではまだヴォルフ=アッキーという部分があるのですが、
それでも素直に井上ヴォルフに心惹かれました。
これから生まれるであろう新しいヴォルフも楽しみですね。
こんばんは。
千秋楽フェチなものですから(笑)。
でも、井上芳雄くんのやり切った感に満ちた晴れやかな表情を
見ていると、あの場にいられて幸せだったなと改めて思いました。
アッキーのヴォルフガングは一度しか観ていないのに、今でも
このミュージカルのナンバーを聴くとアッキーの声に変換される
くらい強く印象に残っています。
名を成した天才はみな努力家でもあると思うのですが、
井上くんが「僕はできればいつも楽したいと思っている人間
なんですが、この役は全力投球しなければできない役で、
それを12年も続けて来られたことは誇りに思いたい」という
ようなことをおっしゃっていたのがとても印象的でした。
井上くんの次のステップも、新しいヴォルフも楽しみです。