2014年11月21日

魂の白 血の赤 「ジュリアス・シーザー」

caesar.jpg劇場に入ると幕はなく、舞台全面に17段の階段。
その頂上にそびえるように立つカピトリヌスの雌狼。
ローマの象徴と言われる双子に乳を与えるオオカミが見下ろすこの階段で
繰り広げられる白と赤の物語。

白いマントに赤い血
栄光と失墜
握手と裏切り
命と死

彩の国さいたま芸術劇場開館20周年記念
彩の国シェイクスピア・シリーズ第29弾 
「ジュリアス・シーザー」
作: W.シェイクスピア   翻訳: 松岡和子
演出: 蜷川幸雄 
出演: 阿部寛  藤原竜也  吉田鋼太郎  浅野望  山本道子  たかお鷹  原康義  
大石継太  横田栄司 ほか

2014年11月15日(土) 1:00pm シアター・ドラマシティ 5列センター


シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」は、高潔なローマ人 マーカス・ブルータスが、友人でありローマの礎を築いた英雄シーザーを殺害するまでの苦悩とその後の彼の運命が描かれた作品で、原題は"The Tragedy of Julius Caesar"
Tragedy つまり 悲劇に分類される作品です。

原作は学生の頃に読んだことがあるのですが、舞台では、昨年8月 子供のためのシェイクスピアカンパニーで観たのが初めて。これが演出含めてとてもおもしろかったので、ぜひ蜷川シェイクスピアでも観たいと思っていました。

そして、
さすが蜷川さん。
キャスティングはもちろん、演出、舞台装置、衣装、照明、音響・・・総合芸術としての舞台作品を存分に見せていただきました。演出的には、いかにも蜷川さん王道という感じ。
鏡や空からの降りものこそ出てきませんでしたが、大階段は「コリオレイナス」でもありましたし、「双子-ロムルスとレムスに乳を与えるオオカミ」は蜷川さんの舞台には度々登場するもので、古くは「タイタス・アンドロニカス」、最近では「シンベリン」にも出てきました。
小峰リリーさんの衣装も真っ白という点を除けばどこかで見たデザインだし、幕開きで、ロングコートに帽子の男達が三々五々集まり、鐘の音とともに一斉に脱ぐと真っ白な衣装で一気にローマの世界へ誘う鮮やかさも、両通路を使っての役者さんの出入りも、客席に降りて最前列に座り込む民衆とともに観客も市民の一員になるところも、いずれも既視感あり。

ですが、この作品ではそのどれもが研ぎ澄まされたようで印象的でした。

たとえば舞台に立体感とダイナミズムと不安定さを与える大階段。
その階段を縦横無尽に駆け上がりまた駆け下りる役者さんたち。
市民は階段の上の方までは決して上がらなくて、権力や階級も象徴しているよう。
暗殺や演説、そして戦闘シーンまで階段上で展開する視覚効果はこれまでのどの作品よりも抜きん出ていた印象です。


そして何より、役者さんたちの熱演の凄み。

シーザー(横田栄司)の独裁に反発するキャシアス(吉田鋼太郎)と同志は高潔なブルータス(阿部寛)を味方につけ、集団でシーザーを暗殺します。しかし、シーザーの寵臣アントニー(藤原竜也)は巧妙な追悼演説で民衆を扇動し、ブルータスたちを追い詰め・・・。

この物語の眼目は、このブルータスとアントニーの演説シーンにあると思うのですが、そしてそれは期待通りすばらしかったのですが、私が最も印象に残ったのは、一幕終わりのシーザーが暗殺された後のアントニーです。

「ジュリアス・シーザー」という戯曲の主人公はずっとブルータスだと思っていたけど、アントニーだったんだと感じられるくらい藤原竜也くんが場をさらった一幕終わり。
毛細血管何本か切れたよね、という充血した眼。あんな表情、声で弔辞詠みたいと訴えるのをあっさり認めるブルータス、脇甘過ぎ。  posted at 14:38:25


↑ これ、一幕終了後の幕間の私のツイート。
この場面の藤原竜也くん、凄かったです。

「怜悧な策士」というイメージのアントニー像ではなかったけれど、激情型のアントニー。
シーザーが暗殺された後、使用人を先に使いにやり、許しを得て飛び出してくるアントニー。
シーザーの死に動揺を隠しきれず、次は自分が殺されるかもしれないという恐怖を抱え、それでもなおシーザーを讃え、シーザーに心で許しを請いながら、一人また一人と暗殺者たちの手を握っていくアントニー。
傷ついた小鳥のようなひ弱さを見せながら、まるで血の涙を流しそうな目で自分に弔辞を詠ませてくれと訴えるアントニー。
一つ間違えばシーザー同様殺されかねないスリリングな状況の中で、相手に迎合するとみせかけて、決意を秘めた表情で、虎視眈々と次の一手を考えていたアントニー。
もうこの場面、アントニーしか見ていなかったような気がします。

もちろん結末を知っているせいもありますが、一幕のこの場面があったから、二幕冒頭の演説の場面で、まだブルータスが演説している中、階段の一番上に夕陽を背にしたアントニーの輝く金髪が見え、顔が現れ、その両腕にシーザーの亡骸を抱きかかえているのが見えた時、「アントニー勝ったな」と確信しました。

その後の弔辞は圧倒的。
血にまみれたシーザーの遺体を前に滔々と述べる追悼。
時には声高にまたある時は低く囁くように、声を変え立つ位置を変え、レトリックを駆使して民衆の心を操り、扇動し、自分の思う方向に導いていきます。血まみれのシーザーの遺体さえも武器にして。
ほんの少し前にブルータスが語った、そして民衆も納得したシーザー暗殺の「大義」はこれですべて吹っ飛んでしまいました。

勝ったな、といえば、戦闘の場面でも、竜也くんアントニーが今度は赤い月を背負って現れた時も、「アントニー軍、勝ったな」と思ったのでした。
少しだけ見せてくれた殺陣がまた美しいんだ。

パッショネイトでありながらその実、腹の底は見せない策略家。
ロミオや次にやる「ハムレット」に代表されるように、主役の悩める青年、といった役どころが定番の藤原竜也くんにとって、また新しい階段を上った役であり作品となったのではないかしら。

そんなアントニーに「公明正大で高潔なブルータス」と弔辞の中で繰り返し言われるブルータス。
確かに彼は、シーザーにもキャシアスにも信頼され一目おかれ、誠実で公明正大で思慮深い人物のようです。
阿部寛さんの抑え目の演技が光りました。
だけどそんなブルータスの理想だけでは民衆の心を掴めない・・・これは現代の政治の世界にも通じるアイロニー。

今回の舞台のもう一つの特徴はブルータスとキャシアスの友情、絆にスポットを当てたところ。
キャシアスはブルータスを自分達の味方につければ有利と近づいたのかもしれませんが、彼を知るにつけ、きっと男が男に惚れる、という感じだったのだろうな。
だからあのテントの中での喧嘩のように、激しい感情のぶつかり合いも、その後のハグもできるのでしょう。

そんな二人がいよいよフィリパイでの戦闘に赴く場面。
言葉には出さないけれど、多分心の中では死を覚悟した二人が、互いに手を握ることさえせず、「永遠に、永遠にさらばだ」とだけ言って別れを告げるところは、それまでに親密ぶりを見せられている分、グッと胸に迫りました。

キャシアスは吉田鋼太郎さん。
重厚な台詞も存在感もさすがです。
演出がそうなのか演技プランなのか、あるいはこのところ映像の活躍が目立つ「ツナ太郎」さんに客席が過剰反応するためか、なぜそこで?と思う場面で時々笑いが起こっていたのはいかがなものかと思いましたが。
でも客席に降りて嘆くシーンは鋼太郎さん、狙っていましたよね。
私の2列前の人がヤラレていましたが、あんなにじっと見つめられて自分だけに台詞言われ、その後頭を抱きしめられたのでは心持って行かれちゃうこと確実。

タイトルロールだけど実は主役じゃないシーザーは横田栄司さん。
今回役者さんたちはかなり扮装作り込んでいましたが中でも横田さんが断トツではないかしら。
冒頭に普通の格好して登場した時、横田さんだけわからなかったもの(笑)。
名だたる3人の役者さんを従えて威風堂々のシーザー。
ただのヒーローではなく、英雄としての傲慢も、人間的な魅力も弱さ脆さも見え隠れするシーザー。ステキでした。


野心家たちの愛憎が歴史を左右していく物語はいつの世にも普遍的。
「この叙事詩は繰り返し演ぜられるだろう」というキャシアスの言葉が心に重くのしかかります。



2014.11.24追記:

会場で買ったまま放置していたプログラムを今日改めて読みました。
藤原竜也くんのアントニーに私はかなり印象が強くて感想も多くを割いているのですが、以下の蜷川さんの言葉が興味深かったので引用します。

「彼は今回、これまでの演技や手法では演じきれない役と表現に直面しあえいでいる。僕は彼の俳優としての誕生に立ち会った。だから今、この作品を介して彼が俳優として生まれ直す瞬間に、再び立ち会いたいと思っている」

そして巻末の主要キャスト4人の対談
阿部さん「32歳にして、また違う次元に行こうとしているんだね、藤原君は。・・・蜷川組で生まれ育った藤原君の転機と、それを促すため厳しく接する蜷川さんの演出を間近にできる、こんな刺激的な現場に参加できて、僕は本当に嬉しいですよ」
吉田さん「そうそう、見ていて感動的ですらありますよ」


やっぱりそうだったのね~、竜也くん、と思った次第です。
私たち観客も、藤原竜也という役者が生まれ直す瞬間に立ち会えたのね。


センターブロック下手通路側の席で、役者さんたちが通路を行き来する時間、風はもちろん、竜也アントニーの白いマントの裾がふわりと顔にかかった時はムードでした のごくらく度 わーい(嬉しい顔) (total 1285 わーい(嬉しい顔) vs 1289 ふらふら)
posted by スキップ at 23:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
スキップさん、こんばんは!

藤原くんのアントニー、本当に凄かったですね!
ほかの皆さんも大迫力で、思いがけず最前列だった私は、最初から最後まで椅子に張り付いてました(笑)。
赤と白のインパクトも強かったですが、間近で見ると本当に綺麗な衣裳でうっとりしちゃいますよね。

次の蜷川シェイクスピアは「ハムレット」でしたでしょうか。
こちらの藤原くんも本当に楽しみですne
Posted by 恭穂 at 2014年11月24日 19:57
♪恭穂さま

先ほど恭穂さんのところにコメントしに行ってきたところです。
シンクロしたみたい(笑)。

竜也くん絶賛みたいな感想になってしまっている私の感想ですが
改めてプログラムを読んで、蜷川さんが「この作品を介して彼が
俳優として生まれ直す瞬間に、再び立ち会いたいと思っている」
とおっしゃっているのを読んで、やっぱりそうなのかぁと
思った次第で、記事にもそのあたりをちょっぴり追記しました。

次回作「ハムレット」本当に楽しみです。
Posted by スキップ at 2014年11月24日 21:49
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