雪の中に溶け込むかと思うほど、哀しいくらいの透明感を見せる梅川忠兵衛の道行。
白い着物を着て、深い雪に覆われた白一色の険しい山道を、支え合いながら行く二人。
そこに重なる八右衛門(未涼亜希)渾身の絶唱。
あれで泣かない人がいたらお目にかかりたい。
宝塚歌劇 雪組公演
ミュージカル 「心中・恋の大和路」
~近松門左衛門 「冥途の飛脚」より~
脚本: 菅沼 純
演出: 谷 正純
出演: 壮 一帆 愛加あゆ 未涼亜希 大湖せしる
香綾しずる 帆風成海 月城かなと/汝鳥 伶 ほか
2014年3月22日(土) 12:00pm シアター・ドラマシティ 11列下手
「冥途の飛脚」は、歌舞伎でも文楽でも好んで観る演目の一つですが、その原点となったのはこの作品。瀬戸内美八さんの忠兵衛、遥くららさんの梅川で初演を観て、子どもながらあのラストが号泣した記憶が。
その後何度も再演されていますが、私は2007年 その瀬戸内さん主演のOG公演以来でした。
その時のレポにも「この世にただひとつ」というタイトルをつけているのですが、この演目についてはこれ以外のタイトルが思いつきません(笑)。
何度観てもこの宝塚版ってほんとによくできているなぁと思います。
飛脚の脚さばきがダンスだったり、音楽がロックだったりするけれども、近松の、心中ものの香りが立ち昇るような世界観。
顔が小さくてお人形のようなジェンヌさんが演じることでどこか人形浄瑠璃のような趣きもあって、リアルで残酷な心中話を"物語”に変える雰囲気も。歌舞伎との最も大きな違いは、八右衛門が憎らしい敵役ではなく、友だち思いで男気もあるいい人だということ。実はこちらが原作通り。
八右衛門が忠兵衛を遊郭から遠ざけるために槌屋でわざと大声で悪口を言う行動が裏目に出て、それを聞いてしまった忠兵衛がついに封印を切ってしまう場面で、忠兵衛を止めようとする未涼・八右衛門の、深い哀しみに沈んだ目が忘れられません。
ここの壮一帆・忠兵衛も圧巻。
自制を失い、「恐ろしい金を私のために使わないで」とすがりつく梅川を振りほどき、しがみついて止めようとする八右衛門や与平を突き飛ばし、「金だ、金だ!」と高笑いしながら、狂気さえ帯びて小判をばら撒く忠兵衛。
ただ、この場面。
改めて見ると、梅川はじめ周りの全員が「忠兵衛は手をつけてはいけない金に手をつけてしまった」と判る訳で、後で(二幕に入って)、「あれは実家の父親が養子の支度金として持たせてくれたもので・・」と言い訳してみんな納得しますが、あの時の忠兵衛のただならぬ雰囲気を見ていたら、それが嘘だということは気づくと思うのです。
ここは歌舞伎版の梅川含めて誰もそのことを知らないまま・・という方がドラマチックかな、と。無邪気に喜ぶ梅川が本当のことを知った時の悲しい残酷さも際立つと思います。宝塚版では「ほな、やっぱり・・」となってしまうので。
以前、瀬戸内美八さんがインタビューで「OGになってからこの役をやったら“若気の至りで突っ走ってしまう”感が出なくなってしまった」といった趣旨のお話をされていたのを読んだのですが(←これ、多分2007年に私が観た公演で、そんなふうにはちっとも感じませんでしたが)、壮一帆さんの忠兵衛はそのあたりのバランスも絶妙でした。
壮さんの忠兵衛は、明るくはんなりとした優男、だけどぼんで上に立つ者の傲慢さも持ち合せていて、といった体で、 愚かには違いないのにどこか憎めない、愛すべき男で周りのみんなが何かと忠兵衛のことを案じています。ネイティブ大阪弁も自然。そして美しさはもちろん、何とも色っぽい忠兵衛さんです。
千日前の愛染明王にお参りして、道頓堀、平野川、藤井寺、葛城と道行く場面は、鮮やかな色彩と楽し気な歌や踊りでテンポよく進む中に追手が迫り来る不安を織りまぜ、二人の心を追い立てていく感じ。
そうやって辿り着いた新口村。
汝鳥伶さんの孫右衛門が・・男の人にしか見えないのはさておき(笑)・・すばらしい。滋味にあふれ、温かく厳しく、切なく寂しい。歌舞伎含めてこれまで観た中でmy best 孫右衛門。
このお方がこの間までタラでスカーレットお嬢様を叱っていたあの太った召使いだったとは。
孫右衛門の前に姿を見せられない忠兵衛。名乗らないまま孫右衛門の下駄の鼻緒をすげる梅川。「細い手だ。キセルより重いものを持ったことがない手だ」と梅川に迫る孫右衛門。
「なぜ女の方から想いを断ち切ってくれなかった」とつい言ってしまった恨み言に「そんなことができたら・・・」と泣き崩れる梅川に、「そうであろう。、それができれば世の中に間違いは起きんやろ」と孫右衛門。
その声と表情の、何という優しさ、何という切なさ。
忠兵衛の顔を見ても、最後まで名乗らず、「どんなに落ちぶれても、生き延びてくれよ」という言葉だけを遺して去っていく孫右衛門・・・涙ナミダ
ここでかなりグズグスになっているのに最後のあの場面ですよ。
二人を追いつめようとするの組合衆に「この大雪が二人を裁いてくれる。二人をこの大和路の雪の中に、静かに閉じ込めてやってくれないか」とあの名台詞を吐き、身をもって追手を制する八右衛門。
それぞれの悲しみを包み込んで降りしきる一面の雪の中、身を寄せ合って険しい雪山を行く梅川と忠兵衛。
ついに、もう進むことができずに足が止まる二人。
忠兵衛の腕の中で息絶える梅川。
その梅川の頬を愛しむようになで、その額に自分の額をあてて、大切なものを包み込むように力尽きていく忠兵衛。
そこにこれでもかと重なる八右衛門の「この世にただひとつ」
この世にただひとつ
それはお前
お前のぬくもりが
生きる証
暗い海辺にふたつの命
ひっそりと寄り添う
果てない旅路に 寄る辺はないけど
優しいこの胸が 眠りの港
あなた お前
歩みつづける
生きる喜び 泣けよ泣け
歩みつづけて 歩みつづけて・・・
号泣
この最後の未涼さんの絶唱は凄まじかったです。
劇場じゅうに響き渡る熱唱。
舞台下手に立って合掌しながら歌っているだけなのに目が離せない吸引力。
えりあゆ観たいわ、まっつに目が吸い寄せられるわ、でコマッタもん。
この最後の歌は本当ならば手代の与平が歌うのだとか。
その与平を演じたのは月城かなとさん。
前回公演「Shall we ダンス?」新人公演で主演して一躍注目を浴びたと聞いていますが、端正で華やかな二枚目で、洋風のお顔立ちなのに和物もしっかりお似合い、かもん太夫を想い、主の忠兵衛を案じる憂いを帯びた表情がまた魅力的。上背もあるしお芝居も歌も上手い、ってめちゃスター候補生やんと認識いたしました。
95期生なのね。やはりおそるべし!95期。
その与平の想い人・かもん太夫の大湖せしるさんの華やかな美しさも印象的でした。
宝塚の日本物の中で不動のmy best のごくらく度 (total 1152 vs 1159 )
2014年03月26日
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