泣きたいときは顔あげて 苦しいときも胸貼って
昭和10年から昭和26年まで、小説家・林芙美子さんの47年の人生の最期の16年間を描いた音楽評伝劇。
その16年に込められた林さんの思いと井上ひさしさんのメッセージが心に響きます。
こまつ座 第102回公演 「太鼓たたいて笛ふいて」
作: 井上ひさし
演出: 栗山民也
音楽: 宇野誠一郎
出演: 大竹しのぶ 木場勝己 梅沢昌代 山崎一
阿南健治 神野三鈴
ピアノ演奏: 朴勝哲
2014年2月23日(日) 1:00pm シアターBRAVA! 1階D列センター
客席中央の前2列をつぶして、舞台に向って置かれたアップライトピアノ。
まるでオーケストラのコンダクターのような位置から朴勝哲さんが奏でるメロディに乗って繰り広げられる物語。
登場人物は6人。
林芙美子(大竹しのぶ)、その母キク(梅沢昌代)、キクのかつての行商人仲間・・後に憲兵から警察に転じた加賀四郎(山崎一)と遠野の農家の婿となる土沢時男(阿南健治)、島崎藤村の姪にして地下活動家の島崎こま子(神野三鈴)、そして芙美子を金儲けの道具にとつきまとう音楽プロデューサー三木孝(木場勝己)。
昭和10年、戦争へときな臭い風が強まりつつあった頃、「放浪記」で一躍文壇の寵児に躍り出た女流作家・林芙美子は人生の切り売りだけで小説を書くことに行き詰まりを感じていました。折しも時節に合わないとい理由で自作が出版停止となった芙美子に、"戦さはもうかるという物語"と吹聴する三木孝。それに呼応するように芙美子は従軍記者の道を歩み、従軍してはその戦果を讃え、「兵隊さんが好きです」と公言して戦意高揚に一役買います。戦局が険しさを増す中、シンガポール、ジャワ、ボルネオと従軍し続けた彼女が目のあたりにしたものは・・・。林芙美子さんのことはよく存じ上げず不勉強で作品も読んだことがなくて、森光子さんの舞台「放浪記」のでんぐり返しの印象が強く、”明るく奔放な女性”というイメージでした。
だから、この作品のタイトルも、そういう彼女の面白おかしい人生を楽しく表現したものだと思っていました。
その言葉-「太鼓たたいて笛ふいて」が戦争を鼓舞してきた自分への自戒の言葉だと知った二幕。
敗色濃厚となった日本で、「あとは綺麗に負けるしかない」という大衆の面前での発言を撤回させてようとやってきた三木と加賀に、芙美子が言い放った言葉。
「『太鼓たたいて笛ふいて、お披露目よろしくふれまわり』戦争を讃え、戦争に加担してきたことへの責任を取らなければならない」と。
その覚悟は固く強く、ひりひりするような痛さと悲壮感さえ漂います。
「日本はアジアをヨーロッパの搾取から解放したのだ」とその正当性を主張する三木。
「ヨーロッパは植民地に言葉を押しつけたりしなかったのに、日本は言葉を押しつけてきた。それは魂の搾取ではないか」と反論する芙美子。
「言葉」、そしてそこに宿る魂への強い思い・・・芙美子=大竹しのぶさんの声で井上ひさしさんが私たちに訴えているように聞こえました。
それに続いてしのぶさん芙美子が「滅びるにはこの日本、あまりに美しすぎる、すばらしすぎる」と歌う曲。
緑輝く田畑、青い空、夕焼け、空に浮かぶ月・・・自然にあふれた日本の四季の移り変わりの情景が目にうかぶようで、言葉が本当に美しくて、心にしみて、聴いていて思わず落涙。
メディアの影響力、戦争の愚かさ恐ろしさ、民族意識、煽られ踊らされる人の心・・・この物語が発するメッセージはたくさんあるけれど、井上ひさしさんは、いつも、私たちに人間の魂の高潔さとともに、日本は美しい国、愛すべき国であると、説いてくれていたのだ、と改めて。
戦死したと思われていたのに生きて日本に戻ってきた時男。
妻はすでに別の男と所帯を持ち、婿養子だった時男に帰る場所はなく、行き倒れ同然のところを助けられ、「林先生の書く小説があったからこそ生き延びることができた」と言われ、
「もっと書かなくてはね。わたしたちが自分で地獄をつくったということを」と答えた言葉は、時男への謝意とともに、戦争に加担した自分を決して許すことなどないという自責と強い贖罪の思いが現れているようでした。
そして、その言葉通りに、壊れかけた心臓を抱えながら死ぬまで書き続けた芙美子。「ゆるやかな自殺」と言われるほどに。
なんて激しく潔く強い人生だったのでしょう。
まるで林芙美子さんが憑依したような大竹しのぶさん筆頭に役者さんは六人六様、さすがに一点の穴もありません。
梅沢昌代さん演じる母キクが特に好きでした。明るくてたくましくてちょっぴり下世話で、いかにも明治女の気骨があって。
字が読めなかったキクが、時男戦死の知らせのはがきを手に、「字なんて習わなきゃよかった。こんな知らせを読むために字を習ったんじゃない!」という声が耳に残ります。
年老いたキクが、芙美子の遺骨を抱えて、ゆっくりゆっくり去って行くラストにまた涙。
フライヤーの絵は芙美子さんの自画像 のごくらく度 (toal 1139 vs 1150 )
2014年03月03日
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