
村上春樹さんのデビュー作にして私が初めて読んだ村上作品。
本屋さんでたまたま見かけた表紙のイラストがおしゃれで手に取った本でした。
それから間もなく、大森一樹監督、小林薫主演で映画化されたこの作品は、その内容はもちろん、私が青春時代を過ごした西宮、芦屋、三宮、元町といった景色がふんだんに出て来て、とても五感を刺激された、今でもお気に入りの映画の一本です。
以来、多分「ノルウェイの森」あたりまでは新作が出るたびにすぐ買って読んでいましたが、最近はつかず離れず、といった感じになっていて、話題の新作もまだ読んでいないくらい。
だから、村上春樹さんの公開インタビューが開催されるというニュースを知った時、「予定のない休日だし、京都だし、行けるじゃん」と軽い気持ちで申し込んだのでした。
幸運にも当選してインタビューを聴くことができて、それはとても内容の濃い、おもしろいものだったのですが、会場前のものものしい雰囲気や、帰宅してから各局ニュースで大きく採り上げられていることに驚いたり、参加した人が「(当選で)今年の運を全部使い果たしました」とインタビューに答えているのを聞いてビビったり

「新幹線や飛行機で来られた方」という司会の人の問いに客席の半数以上の手が挙がっていました。当選者は約500名。え?私ってばそんな強運だったの?
河合隼雄物語賞・学芸賞 創設記念
村上春樹 公開インタビュー in 京都 -魂を観る、魂を書く-
2013年5月6日(月) 3:00pm 京都大学 時計台記念館 百周年記念ホール H列センター
定刻通りに村上春樹さん登場。
ニュースで何度も映像が流れたチェックのシャツではなく、上にグレーのジャケットを着ていらっしゃいました。紺のTシャツ、サーモンピンクかオレンジのようなパンツに紺色のスニーカーというカジュアルな装い。
内容についてはたくさん報道されましたし、私も帰り道にTwitterでつぶやいたりもしましたが、特に印象的だったことなどを改めてまとめを遺しておきたいと思います。
発言内容の報道では、こちらとこちらあたりが詳しいかな。
(以下、とてつもなく長文です。)1.村上春樹 講演
村上春樹さんの講演は約30分。河合隼雄先生について。
最初にご自身が人前にほとんど出ないことについてエピソードをまじえながら少し話されました。
「僕の仕事は小説を書くことなので、それ以外のことにはできるだけ首を突っ込みたくない」と。
あまり人前に出ないことによって顔が知られていない場合も多く、運転免許更新に行った際には、係の人に「村上春樹さん、村上春樹さん」と大声で呼ばれ、じっと顔を見られたので何か言われるかなと思ったけれども、「同姓同名ですよね?」と言われたのだとか。「『そうなんですよ。よく言われるんですよ』って言ったんですが、こんなことがあると1日中うれしいよね」とちょっとドヤ顔でした(笑)。
「僕は絶滅危惧種のイリオモテヤマネコのようなものと思ってください。遠くから見る分にはいいけど、そばに来ないでほしい。」とおっしゃっていました。
<河合隼雄先生>
河合隼雄さんとは1993年、河合先生がプリンストン大学で教鞭を執られていた時に初めて会った。
第一印象でとにかく覚えているのは「眼」。尋常の人の眼ではないと思いました。
僕は誰かのことを「先生」と呼んだりしないけれど、河合先生だけはずっと先生と呼んでいます。
小説家と心理療法家というコスチュームを脱ぐことは最後までなかったけれど、先生は魂の暗い奥までクライアントと一緒に降りる人でした。
犬と犬が匂いでわかり合うように共感を抱きました。そんな人は河合先生以外にいません。
そして河合隼雄さんがよくおっしゃったというダジャレを河合先生の口真似で披露。
村上さん、長い間関西弁を話してないので、忘れちゃったとおっしゃっていましたが、やわらかな関西弁もお似合いでした。
「先生と話していると、理解されているというフィードバックを感じることができた。だから自分がこれまでやってきたことが間違いではないと思えた。文学の世界でもこういうことはなかった。先生のご冥福をお祈りします。」と結ばれた村上春樹さん。
* 村上春樹さんにとって、河合隼雄さんとの出会いがどれほど大きなもので、その存在がどれだけかけがえのないものであったかがよく感じられる講演でした。
2.村上春樹 公開インタビュー
文芸評論家の湯川豊さんによるインタビューは1時間半。ボリュームたっぷりでした。
ここから村上さんはジャケットを脱いでチェックのシャツ姿に。
講演は演台を前に立ってされましたが、今度は椅子に座って脚を組んだりくつろいだ雰囲気でした。
インタビューは村上春樹さんの作家としてのヒストリーというか、個々の作品について書いた時の思いなどを振り返るとともに、最新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」について多くの時間が割かれました。
ここは全部書くととても膨大になってしまいますので、特に印象的だったことを。
<二階建ての家>
以前、「海辺のカフカ」についての湯川さんのインタビューで語られたという発言を再度。
(「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」にも収められているらしい)
人間は二階建の家みたいなもので、一階には家族との暮らしや他の人との関わりがあり、二階は一人で音楽を聴いたり本を読んだりする空間、地下一階には記憶の残骸がある。この部分だけでも小説は書けるけど、そのさらに下の地下二階に降りなければ本当に人の魂に訴えるものは書けない。その通路を見つけた小説家はそんなに多くない。スコット・フィッツジェラルドは「人と違うことを言いたければ人と違う言葉を使え」と言ったし、セロニアス・モンクは他の人と同じピアノという楽器を使っているとは思えない音楽をつくる。彼は狂気の淵に行ってしまったところがあるけれど、僕は正気を持ったまま下への階段を降りたいと思っています。
<コインロッカー・ベイビーズ>
「風の歌を聴け」 「1973年のピンボール」 「中国行きのスロウ・ボート」の3作は店(ジャズ喫茶)をやりながら書きました。
時間がないのでじっくりまとまったものが書けず、アフォリズムと断片のコラージュで書いて、それが新鮮だと評価されもしましたが、僕は前に進まないといけないと思いました。
そんな時、村上龍さんの「コインロッカー・ベイビーズ」を読んで、こんなふうに書きたいと思って店をやめました。好きな時間に書けるのがうれしく、物語を書く喜びにつながり、とにかく長いもの書こうと思って、次の段階としてストーリーテリングを目指しました。その最初の作品が「羊をめぐる冒険」です。この作品と「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は、ただただ楽しんで書きました。
*「コインロッカー・ベイビーズ」は私も初めて読んだ時、とても衝撃を受けました。村上春樹さんが感じたものとは比べるべくもないけれど(笑)。
あの頃、ダブル村上と並び称されたお二人ですが、河合隼雄先生と出会うべくして出会ったように、稀有な才能はやはり惹きつけ合うのですね。
<ノルウェイの森>
「ノルウェイの森」は羊などが出て来ない純粋なリアリズム小説を書こうと思って書いた作品。ここでリアリズム小説を書かないと、もう一つ上の段階に行けないと思っていました。一部ファンには文学的後退ではないかと批判されたりもしたけど、自分としては本流ではない、実験的なものと思っていました。その作品がベストセラーになってプレッシャーにも感じたけれど。
1979年から小説を書き始めて、書きたいことが書けるようになったのは2000年位から。その最初の作品が「海辺のカフカ」。
カフカは1人称と3人称が交互に出てくるけれど、「1Q84」は初めて全部3人称で書きました。3人称で書くと難しい反面、どこにでも行けるし、誰にでもなれて、世界がたくさん描けます。あの作品は、日常と非日常の境界が消失する小説でしたが、現実と非現実とが交錯しないリアリズム小説を書こうと思って書いた作品が最新作の「「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
<多崎つくると木元沙羅>
多崎つくるは高校時代の友人4人から突然切り捨てられるけれども、「なぜ?」という問いに封をしてしまう・・・僕も似たような経験をしたことがありますが、人は本当に傷ついた場合、それを見られない。隠したいし忘れたい。人は傷ついて、心を閉ざし、時間が経って少し心を開いて一つ上に上がることで成長していく。これは成長物語。
木元沙羅はつくるに名古屋に行って来なさいと言うけれども、僕にも「書きなさい」と導く。僕のつくった登場人物が僕を導くことがよくあります。
それからシンクロニシティ。たとえば、「カフカ」で高松のことを書いたのは高松に行ったことがない時だったけれど、後で行ってみると僕が書いたのとそっくりだった。そういうこともよくあります。導かれるというのが僕にとって大切。導かれて、体験し、より自分が強くなっていくという感覚がある。僕自身もそうだし、読む人にもそういう体験があるといいと思います。
<魂の奥底にある物語>
人は誰も自分が主人公の物語を魂の中に持っています。それがないと生きていくのは難しい。心の一番深い場所にあるからこそ人と人を根本でつなぎ合わせることができます。僕の物語とあなたの物語が共鳴してネットワークができて、物語が相対化され、深みや奥行きが生まれる。それが物語の力だと思います。
僕の小説を読んで涙が止まりませんでした、とよく言われるけど、僕としては笑いが止まりませんでしたと言われる方がうれしい。泣くとか悲しみはすごく個人的なもの、個人的なことに密接に繋がっている。笑いはもっとジェネラルなものだと思うから。悲しみは内向するけれどユーモアは笑うと人の心に広がります。小説を書く時はいつもユーモアを散りばめたいと思っています。
3.質問コーナー
事前にwebで募集された村上さんへの質問回答コーナーが約25分。
ランニング、こどもの頃読んだ本、今まで飲んだ中で一番おいしかったビール、京都で好きな場所、好きなヤクルトスワローズのこと、音楽と楽器・・・多種多様な質問に一つひとつ丁寧に答えてくださいました。
読書については、夙川に住んでいた小学4年生位から西宮市立図書館に毎日自転車で通って本を読んだのだとか。
中学生になると19世紀文学に傾倒して、「戦争と平和」は3回、「カラマーゾフの兄妹」は4回読んだそう。
大学に入ってから日本の小説を読むようになり、好きな作家は、夏目漱石、谷崎潤一郎、安岡章太郎、吉行淳之介など。文章の上手い人が好き。逆にダメなのは・・・・(以下自粛)。
ヤクルトスワローズのファンでよく神宮球場の外野席でビール飲みながら観ている。
地元の球団を地元の球場で応援するのが好きで、ボストンに住んでいたのでレッドソックスも好きです。元ヤクルトの青木選手が頑張っているブルワースも応援しています。
「どんな時に飲むビールがおいしい?」という質問には「のどが渇いた時」(笑)
最近飲んだビールでおいしかったのは、マウイブルワーズカンパニーのビッグスェル?というビール。缶で飲むビール。バーでも缶で出てきます。
「立ち飲み屋は行ったことがありますか?」という質問には「立ち飲み屋って何?」というお答えでした。
そして最後に。
「本当にうれしいのは、待って買ってくださる読者がいること。
『今回はつまらない、がっかりした。次も買います』って言う人がいて、そんな人、実は好きです。僕は小説を書く時は他の仕事は一切しないでそれだけに集中して決して手抜きしないで書いています。もし今回の小説が合わないと思っても、村上は一生懸命やっていると思ってもらえるとすごくうれしいです」と。
最後に主催者を代表して河合隼雄さんのご子息・河合俊雄さんのご挨拶があって5:30pm終了。
みっちり2時間半、休憩なしで集中して人の話を聴いたのは久しぶりで、終わった後ちょっと頭痛がしてきちゃいました。
けれども、言葉の一つひとつが聴き逃したくないものばかりで、時間はあっという間に過ぎました。
お話を伺いながら、村上春樹さんの肉声を聴くのは、海外でスピーチをされているニュース映像以外ではほぼ初めてだなぁ、と気づきました。
すごくよく通る声でお話もお上手。才気に走った印象を醸し出しながら、ユーモアもあって飾らないお人柄という感じ。ご自分で「オタクだからね」とおっしゃっていた音楽への造詣も深く、やはりアーティスティックな雰囲気を身にまとっていらっしゃいます。
観念的な表現や小説のテクニカルなことなど、私の理解が及ばない内容もありましたが、村上春樹さんの言葉を直接聴き、そのチャーミングな素顔にも触れることができたのは本当に幸せで貴重な機会でした。
話し方が誰かに似てる、とずっと思っていたのですが、「そうだ!草彅くんだ」と思い至りました(多分反対意見あると思いますが)。

京大正門を入ってすぐのところになる、とても設備の整った綺麗なホールでした。
座席は500席くらい。もちろん満席でした。
もう30年以上フルマラソン走っているけれど、80歳くらいまで走りたいのですって のごくらく度



今回の講演は社会現象みたいになってますね。
いつも感じていることですが、素晴らしいレポですね。一度聞いただけで、こんなに書けるなんて、スキップさまの頭のなかを見てみたい!
村上さんの小説を読んでない私が印象に残った言葉は。。。次のくだりです。
>僕の小説を読んで涙が止まりませんでした、とよく言われるけど、僕としては笑いが止まりませんでしたと言われる方がうれしい。
偉そうに言わせていただけるなら、すごく共感を抱いた言葉です。
本当にありがとう!!
抽選申し込みにハズれ、まあ・・当然だわな・・とがっかりしてる所へ、スキップさんの『当選』を聴き、我が事のように喜びましたよ!!
・・実際、もし行けたとして
スキップさんがUPしてくださってるみたいに、
ちゃんと聴けたかどうか自分に自信がめちゃくちゃ無いので(笑)
も~~~♪スキップさんが『当選』して本当に嬉しかった私♪(がはは・・)
・・・多分・・・
もの凄い倍率だったと思いますよ・・!!(笑)
このラッキーを・・・
あまり自覚なさそうだな~~スキップさん♪(笑)・・と
心の底で思って微笑んでおりました!(笑)
本当に感動的に読ませていただきました!!
本当にありがとうございます!!
・・・次回、お会いした時にまた詳しく♪・・・(なはは!まだ聞くんかいっ!?・・・ですが・・・)
本当に。
会場前にも報道陣がかなりいらしたのですが、帰宅してから
各局ニュースを見るにつけ、「大事件」だったのだと改めて
思いました。
いやしかし、レポはあれもこれも書こうと長いばかりでお恥ずかしい。
私は観劇はもちろん、講演やトークショーでもメモを取ったり
するタイプの人間ではありせんので、細かいことは忘れてしまう
ことも多いのですが、やはり印象に残る言葉は覚えているものですね。
それに今はTwitterをメモがわりにして、とりあえず忘れないうちに
つぶやくことにしています(笑)。
「悲しみは個人的なもので笑いはジェネラル」という村上春樹さんの
発言は、私もとても印象的でした。
> このラッキーを・・・あまり自覚なさそうだな~~
ほんとにそのとおり!
軽い気持ちで応募してフツーに当選通知きたから、そんなに
倍率高いとか想像もしていませんでした。
イマジネーションが足りませんでしたね。ハルキストおそるべし(笑)。
レポはやたら長くなってしまってお恥ずかしいのですが、
村上春樹さんの発言はどれも印象に残るものばかりで、
書きたいこともたくさんありました。
そうそう、「シンクロニシティ」のお話をされた時には、
かずりんさんが以前ブログに書いてたなぁ、と思い浮かべたり
もしました。
またお目にかかった時にいろいろお話させてくださいね。