
小林薫さん主演の同名映画は、神戸元町や芦屋あたりの、私が学生時代を過ごした阪神間の風景の中に甘やかな青春時代を失っていく苦い心象とが重なって、とても気に入って何度となく観ました。それからしばらく村上春樹さんにハマって結構読んだ時期がありました。「ノルウェイの森」なんて赤と緑のハードカバー、初版を持ってますもの(私は本は文庫本ではなく断然ハードカバー派なのだ)。
だけど、いつからか遠ざかってしまって、だからこの小説も読んでいないし、あらすじさえも知らない全く白紙の状態で観ました。
「海辺のカフカ」
原作: 村上春樹
脚本: フランク・ギャラティ
演出: 蜷川幸雄
出演: 柳楽優弥 田中裕子 長谷川博己 柿澤勇人 佐藤江梨子 高橋努 木場勝己 ほか
2012年6月21日(木) 6:30pm シアターBRAVA! 1階A列センター
2002年に村上春樹さんが発表した作品。2005年には英語版も出ています。
「ギリシア悲劇と日本の古典文学を下敷きにした長編小説」ということは後で知りました。舞台を観ていて、「オイディプス王」はすぐにわかり(「シレンとラギ」で経験済みだもんね)、ここは「源氏物語」かなと感じる部分もありました(後述します)。
「世界で最もタフな15歳になる」と決意して東京の父親のもとを離れ、四国・高松に移り住む田村カフカ少年。戦争中の不幸なできごとがきっかけで記憶や読み書きの能力を失い、猫と話すことができるナカタさん。別々に思えた二人の物語が、時空を超え、時に交錯しながら重層的に展開し、やがてシンクロナイズしていきます。
森も、公園も、図書館も、書斎も、まるで標本のようにアクリルガラスケースの中にあって、それが舞台上を右へ左へ後ろへ前へと動いて場面が転換されていきます。後ろには林立する美しい木々の緑や、図書館の大きな書棚。幻想的で、時を交錯するこの物語ともよく合っていて、不思議な透明感を醸し出していて印象的な舞台装置でした(美術: 中越司)。これらは黒衣の人たちによって動かされていて完全に人力。舞台上でお芝居が進行している時は黒衣さんはケース一番下の台になっている客席側から見えない部分に身を潜めるようにぺたんと床に寝そべっていて、大変だなぁと思ったり(笑)。
私は原作を読まずに舞台を観ましたが、端々に村上春樹さんらしい台詞や表現が感じられ、舞台を観ながら小説の雰囲気が透けて見えるような作品でした。多分、原作のファンの方もイメージが損なわれることはなかったのではないかしら。舞台化は難しそうな作品なのに、アメリカでの上演用に書かれたというフランク・ギャラティさんの脚本のよさに加えて、蜷川さんの演出が冴え渡った舞台でした。
そして、小説という文字で書かれた世界の人物を、リアルな生身の人間として私たちの目の前で表現してくれた役者さんたちにも拍手。
柳楽優弥くんは“少年”というには線が太すぎるのではないかと危惧していたのですが、思った以上に繊細でナチュラル。大人の男に成長していく過程の揺れも翳りもパッションも感じられるカフカ少年でした。母に捨てられたというトラウマや父親との確執から心を閉ざしたカフカ少年が、さくらと出逢い、図書館で大島さんや佐伯さんとふれ合って、瞳も言葉も(「~なの?」というちょっと甘えたような言葉尻が印象的)やわらかくなっていく様子は観ていて温かい気持ちになります。
性同一性障害の大島さん・長谷川博己さんの知的で静かな佇まいの美しさ、田中裕子さんの佐伯さんはもう、時空を超えたような存在感。
そして、何といっても木場勝己さんのナカタさんです。「~であります」という特徴的な話し方はもちろん、いかにも無垢な子どもがそのまま大人になったようなナカタさんが、怒りのあまり覚醒する場面の迫力たるや凄まじいくらいでした。
そのナカタさんの怒りの場面はねぇ。
私、最前列でしかもちょっと上手寄りだったから・・・正視に堪えないとはあのことです。気分悪くてその後の幕間、食欲なかったもん

ここはかなり好みが分かれる場面だとは思いますが、ジョニー・ウォーカーによる猫への虐待が行われている一方で、カフカ少年がナチスのアイヒマンの冷血ぶりを伝える本を読む場面が並行していて、演劇ならではの演出でした。
さて、ここからは私の疑問。
カフカ少年の父親を殺したのはカフカくん自身ですよね?
実行犯(というのか)はナカタさんで殺されたのはジョニー・ウォーカーでしたが、その時遠く高松にいたカフカ少年はシャツに返り血を浴び、その時の記憶がない。まるで生霊となって葵の上をとり殺した六条御息所のよう・・・このあたりが「源氏物語」なのかなぁ、と。
にもかかわらず、カフカ少年はそのことに対して不思議なくらい罪悪感がないし、追及していたはず警察の捜査もいつの間にか立ち消えになっているような・・・。
「あなたは僕のお母さんなんですか?」と佐伯さんに尋ねるカフカ少年。
「その答えはあなたにはもうわかっているはずよ」
「ねえ、田村カフカくん、あなたは私のことを赦してくれる?」と問う佐伯さん。
「僕にあなたを赦す資格があるんですか?」
「もし怒りや恐怖があなたを妨げないのなら」
「佐伯さん、もし僕にそうする資格があるのなら、僕はあなたを赦します」
女性としての佐伯さんに惹かれ、心も体も結ばれ、母と知ってすべてを赦すカフカ少年。
この物語が少年の心の再生と成長の物語だとするならば、そしてそれは最後に見せたカフカ少年の笑顔(とても印象的なステキな笑顔でした。大島さんが「多分なんだけど、笑ってる顔見たの初めてだ」と言っていた)で救われる思いもするのだけど、そこに「父親殺し」はどんな意味があったのでしょう。「佐伯さん」の存在だけでは不足だったのかな。
うーん。
やっぱり原作読んで検証する必要がありそうです。
「あなたに私のことを憶えていてほしいの。あなたさえ私のことを憶えていてくれれば、ほかのすべての人に忘れられてもかまわない」by 佐伯さん のごくらく地獄度




当日の呟きでも反応しちゃいましたが、
上手の席で観ると、1幕はほんとに辛いですよねー。
あの冷蔵庫も、私はほとんど正視できませんでした。
ので、ナカタさんの顔をずっとみつめていたら、
もっと怖くなっちゃいましたが(汗)。
それでも、あの美しく幻想的な空間はとても素敵でしたね。
カフカ少年も、あのガタイの良さが気にならなくなるくらいのピュアさでしたv
原作、私はちょっと手に取る勇気がありませんが、
検証されたら、また教えてくださいねv
(なんて他力本願な・・・/笑)
もしこの作品が再演されることがあっても、あの場面は
二度と観たくないです。
冷蔵庫、私もちらっと見てすぐダメだと思って視線を移しました。
でもあの場面のナカタさんは、確かに観ていたら怖かったですが
とにかく凄かったです。木場さんって昔は「怒りの木場」と
言われていたこともあるそうですが、まさにそれを彷彿
させる迫力でしたね。
今回の舞台化で一番よかったのは舞台装置かな、というくらい
とても幻想的で美しく、また村上春樹ワールドを三次元化
しているような印象に残る装置でした。
原作の検証、時間がかかりそうですが、読み終えたらまた
ご報告しますね。(まだ本も買っていませんがw)
サイドの席にしておいて正解で、ジョニーウォーカーの血まみれシーンは距離をおいたので衝撃を緩和することができました。
そして、一人の少年の成長物語のために戦争がらみのエピソードを軽々に使うという姿勢にはやはり私は抵抗を感じてしまい、やはり村上作品とは相性が悪いなぁと思ってしまいました(^^ゞ
>今回の舞台化で一番よかったのは舞台装置......同感です。あの原作をどう戯曲にするのかと思いましたが、アメリカの脚本家の方もいい仕事をされていましたし、なんといっても蜷川さんの仕事が素晴らし過ぎです。頭の柔らかさを見習わなくてはと思わされた次第です。
それと、目のアレルギーでご苦労されている由、遅ればせながらお見舞い申し上げます。私も抗アレルギー剤と気管支拡張剤を常用しながら喘息と騙しだまし付き合っております。アレルギーは都会の空気の汚さが一番の引き金になるようですが、都会暮らしじゃないと観劇の趣味と両立しないし、痛し痒しですね。お互いに無理しすぎないように頑張りましょうね。
原作お読みになったのですね。
私は買うには買ったのですが、まだページを開けずにいます(汗)。
確かにぴかちゅうさんのおっしゃる通り、ナカタさんの戦争体験や
あのジョニーウォーターの場面でカフカ少年が朗読するアイヒマン
の話などが単に物語を彩るエピソード的に扱われているようなきらいは
ありましたね。あと、女性の権利云々も。
それにしても、蜷川さんの発想、演出にはいつもながら舌を巻きます。
あの「時空を交錯する」感をあんなふうに空間を動かすことで表現する
なんて、すばらしいですよね。とても美しく幻想的でした。
アレルギーの件、お心にかけていただいてありがとうございます。
私もアレルギーとは長い付き合いなのですが、今回のようにひどかった
のは初めてでした。歳とともに(笑)免疫力も体質も変化しますものね。
ぴかちゅうさんもお大事になさってくださいね。
またお目にかかってお話できる日を楽しみにしています。