2012年05月31日

平成中村座 五月大歌舞伎 夜の部

IMG_5759.jpg平成中村座 夜の部は日曜日に拝見。
翌日に昼の部が追加となりましたが、夜の部はこれが最後の公演でした。

平成中村座五月大歌舞伎 夜の部
2012年5月27日(日) 4:30pm 平成中村座 
                    竹席26列センター


一、歌舞伎十八番の内 毛抜
出演: 中村橋之助  中村扇雀  中村錦之助  坂東新悟  片岡亀蔵  市村萬次郎 ほか


歌舞伎十八番の内ということで、舞台上には成田屋さんの三升の定紋が。
そういえば、この演目を前に観たのは松竹座で、海老蔵さんの弾正だったと思い出しました。
おおらかな喜劇のような趣もあって、歌舞伎らしいといえばらしいお話ですが、頭も切れて腕も立つけど、女好き(あ、男も)な弾正に橋之助さんはよくハマっていました。
端正なお顔立ちで上背もあるので見得も豪快で華やか。

錦の前(坂東新悟)のびよ~んと立った髪をしずめるために、ご家老の秦民部(中村錦之助)が鳴神上人が呪文を唱えるところで、「はらいそ はらいそ~」って言ってたように聞こえたので、伴天連さんかと思いましたが(笑)、後でググったところ、その前に「なりこまやはっしーそわか」と言ってたらしいのですが、それは聞き取れず。

そのはっしー。定式幕が閉まって一人残る花道の引っ込み。
「この大役を、どうやらこうやら千穐楽まで勤め・・・」と言って涙をこらえたような感無量の表情を見せていて、客席のこちらもグッときました。

そしてそんなゆるんだ涙腺がさらに・・・。


二、志賀山三番叟 
上演口上: 中村勘三郎  中村小山三
江戸随一 志賀山三番叟: 中村勘九郎  中村鶴松


勘三郎さんが舞台中央に構えた上演口上。
少し離れた下手の位置に小山三さん。先日の日経新聞記事の写真どおりの拵えです。

勘三郎さんは、歴史ある「志賀山三番叟」の由来から詳しく説明をした後、「古いと言えば・・・」と下手の小山三さんをちらりと見やって、「今年数えで93歳。388年続いている江戸歌舞伎の中で最高齢・・・」と小山三さんをご紹介。
そして小山三さん。
「このような口上の舞台に私のような者が出られるのはこの上ない喜びでございます・・・」と始まり、「大正13年十七代目のもとに弟子入りして、大正15年春に初舞台を踏みました・・・。十八代目勘三郎、この間襲名した勘九郎、そして弟の七之助の親子三代を長~いこと見守って来ました・・・」と続けていて、「私は浅草は鳥越(トリゴイ)の生まれでございます。こうして浅草の皆様の前でご挨拶できるなんて・・・」と、突然涙で声を詰まらせて俯く・・・こちらも堪らずもらい泣きたらーっ(汗)

それを受けて勘三郎さんが、「しんみりしちゃって・・」と言いながら、例の先代勘三郎さんが亡くなる前、棺に「何にもいらねぇ。小山三だけ入れてくれ」とおっしゃったというエピソードも披露されていました。今よりは若かった小山三さんは「私はまだ生きたいです」とおっしゃったのだとか。
「この人、身体にメスが入ってませんから、長生きしますよ。江戸時代に生きていたとしてもこの歳まで生きられた人です。昭和31年にはすでに『年季の入った役者』と評に書かれていたんですから」と。
そうして小山三さんをそっと見る勘三郎さんの眼差しの何とやさしく温かく、小山三さんへの敬愛に満ちていることでしょう。この口上を聴けただけでも夜の部を観に来た甲斐があった、と、ぽろぽろ涙をこぼしなから目一杯の拍手をお二人に贈ったのでした。

そうして始まった三番叟。
舞台には上手下手に蝋燭の灯り。あとは面灯りのような蝋燭のような照明が舞台上5箇所位に置かれています。照明も落として、幻想的でピンと張り詰めたような雰囲気の中、まず鶴松くんの千歳、続いて勘九郎さんの三番叟が静かに登場して踊り始めます。
「短い踊りではございますが、江戸の昔に返ったような気持ちで鷹揚のご見物を」と勘三郎さんはおっしゃっていましたが、この三番叟という踊りが、元は五穀豊穣を祈る農民の踊りで、神に捧げる踊りだということを改めて思い起こしました。勘三郎さんが「三番叟が鈴を使う件りでは最初は極力音を出さないように踊らなければならない」というようななことをおっしゃっていましたが、音があったかどうかさえ今、記憶が定かでないくらい静謐感漂う雰囲気。静かな中にも力強く躍動感あふれる勘九郎さん、真摯な雰囲気が伝わる鶴松くん、よい踊りを見せていただきました。勘九郎さん、大きく見えたなぁ。


三、梅雨小袖昔八丈  髪結新三
出演: 中村勘三郎  中村橋之助  中村勘九郎  坂東新悟  坂東彌十郎  中村梅玉 ほか


「かつお かっつお~」という菊十郎さん@肴売りの威勢のよい売り声が、「初鰹」の五月にぴったりの演目。小悪党の回り髪結の新三(中村勘三郎)が、得意先白子屋の娘お熊(坂東新悟)と手代忠七(中村梅玉)を家出させ後たあとでお熊をさらい、金にしようとします。仲介にきた親分弥太五郎源七(坂東彌十郎)を追い返したものの、家主長兵衛(中村橋之助)にやり込められてて・・・というお話。

勘三郎さんの新三が昼の部の辰五郎と並んでこれまたカッコイイ!
白子屋店先で忠七の髪をあたりつつ、さも味方を装って駆け落ちをそそのかしておきならが、永代橋の袂で豹変してその忠七を踏みつけにして、「これ、よく聞けよ」で始まる黙阿弥の名台詞を流れるように吐くあたり、憎たらしいのだけどゾクゾクしました。

そして、その弟分・勝奴の勘九郎さんがまたカッコイイんだ(さっきからカッコイイばかり言ってます)。若さと華。そしてただの弟分ではなく、隙あらば、といった風情も感じさせる、男っぽい勝奴でした。

夜の部は竹席の最後列だったのですが、この演目が始まってしばらくすると後ろの壁の向こうから何やらにぎやかな声がするので振り返ってみたら、私の席の後ろの木戸、ちょうど頭の真後ろの位置が窓のように少し開いていて、そこに若い役者さんの顔が・・・外から舞台を観ていらっしゃったのでした。それからは後ろが気になってわーい(嬉しい顔)時々振り返ってしまうのですが、ある時、その窓には誰もいなくて、その先に勝奴さんが。花道からの出を待っていらっしゃったのですが、中村座ってそんな構造になっているのですねーっexclamation×2て初めて知りました。それからは舞台ではなくそちらをガン見目です(笑)。まわりにいるお弟子さんやスタッフさん?と和やかな笑みを浮かべて小声で話す勘九郎さん@勝奴。その顔が一瞬緊張して会釈したと思ったらそこに現れたのは勘三郎さん。やがて勝奴の姿が見えなくなったと思ったら、鳥屋から、お熊を乗せた駕籠とともに花道へ駆け出して来ました。もちろん、先ほどまでとは打って変わった鋭い目つきで。
「いや~ん、一番うしろぉ~バッド(下向き矢印)」とブーたれていたのですが、お陰でいいもの見せていただきましたワ。

この夜の部が千穐楽のはずだった中村座。
本当ならば最後のカーテンコールまで観て、と思っていたのですが、翌日昼の部の大楽が追加になってすっかりテンション下がり、「やっぱ新幹線で帰ろ」と決めたために、最後まで観られないハメにがく〜(落胆した顔)
盛り上がりの途中で出るのも周りの皆さまにご迷惑と考え、「新三内の場」から「家主長兵衛内の場」へと舞台が回るのと合わせて、後ろ髪ひかれながら中村座を後にしたのでした。


しかーし、ネットなどでカーテンコールのご挨拶の様子を見るにつけ、やっぱり最後までいればよかったなと後悔 の地獄度 ふらふら (total 933 わーい(嬉しい顔) vs 934 ふらふら)


posted by スキップ at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
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