2010年07月19日

「双蝶々曲輪日記」 半通しは初めて観ました

IMG_3545.jpg関西・歌舞伎を愛する会 結成三十周年記念 
七月大歌舞伎 夜の部
「双蝶々曲輪日記」 
  井筒屋
  米屋
  難波裏
  引窓

出演: 片岡仁左衛門  片岡孝太郎  市川染五郎  片岡愛之助  市川春猿  上村吉弥  坂東竹三郎  中村翫雀 ほか

7月17日(土) 4:00pm 大阪松竹座  1階2列センター


「双蝶々曲輪日記」は、1749年 大阪竹本座で初演された全九段からなる人形浄瑠璃。歌舞伎では、八段目「引窓」が見取り上演されることが多く、私も何度か観たことがあります。今回は、三段目 「井筒屋」 四段目 「米屋」 五段目 「難波裏」 そして八段目 「引窓」 の半通し上演。井筒屋の場は57年ぶりの上演だとか。

享保年間(1716~36)に実在したという力士・濡髪長五郎が、恩人の子・山崎与五郎とその恋人の吾妻のために奔走する話を中心に、米屋の息子の力士 放駒長吉とその姉おせき、山崎の家来筋の南与兵衛とその愛人の遊女 都(のち女房お早)、そして長五郎の実母であり与兵衛の義理の母でもあるお幸などが絡んで描かれます。名題の「双蝶々」は長五郎と長吉という2人の力士の名を表したものだそうです。

どうせなら「角力場」も上演していただきたかったところですが、初めて観る「井筒屋」「米屋」のお陰で、この物語の深みも、登場人物それぞれの人間関係も、そして濡髪長五郎という人物の魅力も、より鮮明になって、改めてこの狂言のおもしろさを認識しました。

「井筒屋」では、今朝方起こった人殺しに、遊女 都(片岡孝太郎)と吾妻(市川春猿)それぞれの思い人、南与兵衛(片岡仁左衛門)と山崎屋与五郎(片岡愛之助)が関わっていることが明らかされ、恩人の息子である与五郎のために吾妻の身請けの手付金を払って駆けつけた濡髪長五郎(市川染五郎)と、吾妻に横恋慕する平岡郷左衛門(嵐橘三郎)に加勢する放駒長吉(中村翫雀)との対立が描かれます。

ここでは、最初の殺人の犯人が南与兵衛だと知って、「そぉなの?後で十手持ちになるよね?それ、OKなんだ・・」とちょっとびっくり。
愛之助さんの与五郎は、美しいお顔とたおやかな所作で、いかにも弱っちぃつっころばしの雰囲気がよく出ていました。浪花ことばはもちろんネイティブだからOK。
「ほんま、しゃーないぼんやなぁ」と思う傍ら、「こいつさえいなければ濡髪はあんなことにはならなかったのに」と、ちと憎らしく思う(ごめんなさ~いあせあせ(飛び散る汗)

「米屋」は、吾妻の一件の決着をつけようとやって来た濡髪と長吉の組み合いから、暴れん坊で喧嘩っ早い長吉を何とかしようと一計を案じた姉のおせき(上村吉弥)をからめて、濡髪と長吉が義兄弟の盃を交わすようになるまで、そして物語は風雲急を告げ、濡髪長五郎は「難波裏」へと駆けつけて行きます。

いかにも一本気できかん気の乱暴者だけど根は素直ないいヤツ、といった風情の翫雀さんの長吉。力持ちの米屋の息子が相撲取りに取り立てられたという感じがよく出ていて、何だか色とりどりの衣装もよくお似合い。関取の最高位である大関の濡髪が品位の高い黒紋付を着ているのと好対照。二人の格の違いも際立つ役づくりでした。しっかり者で賢くて、弟への愛情にあふれた吉弥さんのおせき姉さんもついていて幸せ者です(しかも美人だし)。

そして染五郎さんの濡髪長五郎。
「え~、染ちゃん、濡髪ぃ?与五郎じゃないのぉ?」と心配していたのですが、思っていたよりずっとよかったです。端正なお顔はそのままに(小顔がお相撲さん役に邪魔していると言えなくもありませんが)、しっかり大きな体をつくって、太く低い声、あまり動かぬ表情で、品格のあるどっしりした関取ぶりでした。いつも落ち着いていて、悪人相手にもしごく真っ当なことを理路整然と話すし、長吉と講中の人々とのやり取りを口も出さずにじっと聴き、腹を切ろうとした長吉を、「お前が盗みを働くはずがない」と止める濡髪を観ていて、「こんなにも思慮深くて情に厚い、男気のある人が、あんなことになるなんて・・・」と、この後に濡髪を襲う哀しい運命を知っているだけに、すでにこの時点でウルウルたらーっ(汗) (染ちゃんが濡髪だからって感情移入し過ぎでしょう。)

幕間をはさんで「引窓」。

ひと目暇乞いにと人目を忍んで母の元を訪ねて来た濡髪は、かつて見知った都(お早)と再開し、その身の上話を聴くうち、「同じ人殺しでも運がいい人と悪い人がいる・・・」とつぶやくのですが、それも「井筒屋」の場を観た後なので今さらながら合点がいきました。(お早が、「与兵衛さんが手にかけた相手は悪人だったので罪は不問になった」とちゃんとここで説明していました。これまで聞いているようで聞いてなかったのねがく〜(落胆した顔)

その強運の人・南与兵衛 仁左衛門さんの登場です。人殺しの下手人を詮議にやって来た二人を一旦離れに待たせておいて、一人になった途端、それまでの厳しい表情から一転、郷代官に取り立てられた喜びを隠し切れずにんまり笑って、まるでスキップするように自宅に入る姿が何ともラブリームード 柔和な笑顔が、水に映った濡髪の姿に気づくと険しい表情に一変するところ、郷代官である南方十次兵衛の立場の時と南与兵衛の時との演じ分けなど、いつもながら仁左衛門さんのお芝居の緩急はすばらしいです。

そして相変わらず、この場面では竹三郎さんのお幸に泣かされます。
「未来は奈落へ沈むとも、今の思いには替えられぬわいの」と絞り出すようなお幸の声たらーっ(汗)たらーっ(汗)
以前にも書いたことがあるのですが、濡髪、お幸、与兵衛、お早、この家族はみんな、それぞれが互いを思いやる姿が温かく、そして切ない。そしてその思いやりの中心にいる人物はお幸・・・もっと言えば、お幸が我が子濡髪を何としても生かそうとする母心に、与兵衛もお早も、当の濡髪までもが応えようとしているようでした。そして、前段ではほとんど表情を変えなかった濡髪が、母を苦しめてしまったと見せる苦渋の表情がまた一層切なさを増します。

引窓の縄で縛った濡髪を引き渡そうとするお幸。その縄を切る与兵衛。
引窓が開いて、差し込んだ月の光の明るさに、与兵衛は、「夜が明けた。みどもの役目は夜ばかり」と濡髪を逃がれさせるのです。与兵衛の温情に感謝しつつその場を離れる濡髪。家の外と中、戸を隔てて4人がそれぞれの思いを胸に抱いたまま幕となります。


とても見応えありました。機会があれば一度全段観てみたいものです のごくらく度 わーい(嬉しい顔) (total 662 わーい(嬉しい顔) vs 663 ふらふら)
posted by スキップ at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
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