
松竹創業130周年記念で3月、9月、10月に歌舞伎の三大名作をそれぞれ通しで上演する第一弾。
歌舞伎座で三大名作を一挙上演するのは松竹百年にあたる1995年以来30年ぶりだそうです。
ということは、次に上演されるのは30年後として、多分私はこの世にいないと思われ、「三作とも絶対観る!」と鼻息荒かったのですが、諸般の事情で上京が難しいという中、やはりあきらめ切れず、完売のチケットも捕獲することができて(そのあたりの事情はこちら)、無事に通しで観ることができました。
A・B 両方観たいのはヤマヤマなれど、「Aプロ四段目ありき」の不肖スキップ、Aプログラムの通しとなりました。
松竹創業百三十周年
三月大歌舞伎
通し狂言 「仮名手本忠臣蔵」 昼の部 Aプロ
大序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場(上演時間: 47分)
三段目 足利館門前進物の場
松の間刃傷の場 (上演時間: 46分)
四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場
表門城明渡しの場 (上演時間: 1時間32分
浄瑠璃 道行旅路の花聟 (上演時間:40分)
(幕間/5分・35分・15分)
出演:片岡仁左衛門 尾上松緑 中村勘九郎 尾上松也
片岡松之助 嵐橘三郎 片岡孝太郎 中村扇雀
坂東彦三郎 中村松江 市川男女蔵 中村亀鶴
中村橋之助 中村歌之助 澤村宗之助 中村吉之丞
中村莟玉 片岡亀蔵 中村錦之助 中村梅玉
中村隼人 坂東巳之助 中村七之助 ほか
2025年3月15日(土) 11:00am 歌舞伎座 1階3列センター

開演10分前に幕前に口上人形が登場。
「そうだ、これこれ」と思いました。
役名と演じる役者さんの名前を読み上げるたびに客席から拍手。「えっへん えーっへん」や首を回したりの仕草に笑い声も。
最後「大星由良之助 かったおかにざえもん かーったおかにざえもん」にこの日一番割れんばかりの拍手が起こりました。
そして、いつもの5倍ぐらいの遅さでゆっくりゆっくり開いていく定式幕。
徐々に現れる役者さんたちはまだ目を閉じていて、お役に生命が宿るのを待っているよう。
「そうだ、これこれ」再びの不肖スキップ。
大序「鶴ヶ岡社頭兜改めの場」では松緑さんの高師直が憎々しい中にも愛嬌があって、若狭之助(松也)が挨拶するのをプイと横を向いて無視したり、顔世(孝太郎)にぞっこんの様子に客席からも笑いが。
表情少な目で冷静な判官(勘九郎)といかにも血気盛んな若狭之助との対比も鮮やかでした。
筋書見ながらご覧になっていた隣席のお嬢さんが「黄色い服着てる人が勘九郎さん?」とおっしゃっていてちょっと笑ってしまいました。
うん、合ってる。服ではないが。
「足利館門前進物の場」はコミカルな鷺坂伴内(松之助)はお約束。
どこまでも冷静で低姿勢な加古川本蔵(橘三郎)ですが、ここは通し狂言とはいえ二段目の「松切りの段」が省かれているので、初見の人(あまりいらっしゃらないかもしれませんが)には少しわかりにくいかなと思いました。
・・・などと冷静に観ていられたのはここまで。
舞台が回って松の廊下が現れると胸がキューッとなります。
判官が師直に詰められるあたりで涙ポロポロ。
清廉にして気品高く、武士としての矜持を忘れない勘九郎さん判官。
忠臣蔵は判官(浅野内匠頭)の”短慮”を指摘されることもありますが、怒りに燃え、一旦は堪え、哀しく遠い目をして多分塩冶の家や家臣たちのことを思い、それでもなお我慢ならなかったことがよくわかります。
逃げていく師直に投げつけるあの刀。
本当に「せめてあとひと太刀」が叶えられていたらと心から思います。
そしてよいお香の香りが漂う四段目。
すべてを受け容れて粛々と切腹の準備を進める判官。
その中で「力弥 由良之助はまだか」「力弥 由良之助はまだか」と繰り返し尋ねる判官。
「いまだ・・・」とうなだれる力弥。
もはやこれまで、と判官が九寸五分を腹に突き立てたまさにその刹那、まず「ダダダッ」と足音が聞こえ、鳥屋から転がり出るように現れる由良之助。
由良之助の姿を見てふっと力を抜いて安心したような表情を見せる判官。
判官から九寸五分を託された由良之助の地の底から響き出るような「いーさーいー」を聴いたら、この人、命を賭してでも仇討ちしない訳など決してないと思えます。
由良之助だけに無念と怒りの表情を見せる判官。
それを目で魂で受け止める由良之助。
息絶えた判官が握りしめた九寸五分を、慈しむように両手で包み、指を1本1本解いて受け取る由良之助。
本当に大切なものを包み込むように判官の着衣を整え、裃を掛ける由良之助。
言葉はなく、表情の、仕草の一つひとつに主君への想いの深さが滲み出ていて、しっかり観たいのに涙で目が曇り・・・。
一転して評定の場では、血気にはやる藩士たちを向こうにまわして「恨むべきはただ一人」と一歩もひかぬ毅然とした由良之助。
藩士たちが去った後、形見の九寸五分についた判官の血を舐めて、空を睨み、凄まじい形相で仇討ちを誓う由良之助。
平伏し明け渡した館とそこに宿る判官の魂に別れを告げ、幕外に一人残る由良之助。
三味線の調べだけが奏でられる中、ひと言も発さず万感の思いと覚悟を持って孤高なまでの雰囲気を醸し出して花道を引っ込む由良之助。
「道行旅路の花聟」
四段目で散々泣いた後 隼人さん勘平・七之助さんおかるの道行が夢のように美しくて、富士山が見え、桜や菜の花が咲く周りの風景も綺麗で、なのにこの2人に待ち受ける未来を思ってまた泣くなどしました。
鷺坂伴内の巳之助さんがさすがの踊り巧者ぶりを発揮。ひょうきんな佇まいの中でトンボ切ったり、客席からやんやの喝采を浴びていました。


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