2015年09月16日

日がもしも沈まないなら  「靑い種子は太陽のなかにある」


aoishushi.jpg寺山修司さんの生誕80年と蜷川幸雄さん80歳(つまりお二人は同い年)のアニバーサリープロジェクト。
1963年に28歳の寺山修司さんが書いた戯曲。
一度上演されたきりで再演の機会はなく、寺山さんの戯曲集にも収められておらず「幻の戯曲」と言われた作品だそうです。

寺山修司さんは、ワタシ的には苦手感漂う作家の一人。
ブログに感想アップしたものでも「身毒丸」はまだしも「血は立ったまま眠っている」は「やっぱり苦手」と書いています(笑)。

それでもこの作品を観たいと思ったのは、亀梨和也くんの舞台が観てみたかったから。
J系にはあまり詳しくない不肖スキップですが、赤西くんと亀梨くんがKAT-TUNの2トップだったころから亀梨派。
少し翳りのある雰囲気が好き。
その亀梨くん、ジャニーズ以外の舞台にはこれがデビューなのだとか。


音楽劇 「靑い種子は太陽のなかにある」
作: 寺山修司
演出: 蜷川幸雄
音楽: 松任谷正隆
出演: 亀梨和也  高畑充希  六平直政  マルシア  戸川昌子  
大石継太  花菜  山谷初男 ほか
ミュージシャン:  伊藤修平(チェロ)  加藤久幸(ドラム)  北川淳人(ベース)  
黒田晃年(ギター)  神佐澄人(キーボード)  伊勢賢治(サックス/パーカッション)

2015年9月10日(木) 6:30pm オリックス劇場 1階14列センター



開演前には「アカシアの雨がやむとき」や「こんにちは赤ちゃん」、「東京五輪音頭」といった昭和歌謡が流れています。
物語の舞台は1963年。
東京オリンピック前年 高度成長期の光と影に揺れる日本のスラム街に、ガス水道完備の近代建築のアパートを建設し、浮浪者たちを住まわせようとする計画が持ち上がり、浮足立つ浮浪者たち。
賢治(亀梨和也)と弓子(高畑充希)は恋に落ち、夕暮れのひとときデートを重ねます。ある日、賢治はアパートの建築現場で、朝鮮人作業員の転落死を隠蔽する現場を目撃します。アパート建設事業のフィクサーである代議士や市役所の人間などさまざまな思惑が渦巻く中、真実を告発しようと悩む賢治と幸せな結婚を夢見る弓子の心はすれ違い・・・。

八百屋・・というより坂道と言えるくらい傾斜のかかった舞台には、ナイフが刺さった巨大な耳や魚の頭が突き出た船といったオブジェが点在し(美術: 中越司)、猥雑で怪奇な雰囲気も漂う中、歌い踊る、蜷川演出ではおなじみの色とりどりの異形の者たち。
浮浪者、ゲイ、夜の女たち、野良犬や裸にまわしの女相撲取りもいます。

そんなおどろおどろしい雰囲気の中で、まるで清涼剤のように清々しい賢治と弓子のカップル。
その2人に堕ちてくる影。

「闘争の時代」と言われた1960年代の体制批判の視点。
住むところはなくても逞しく生きるスラム街の人々の生命力。
そして若い恋人たちの切ない恋。

「難解」というイメージのある寺山作品ですが、多分これまで私が観た中で一番シンプルでわかりやすかったです(きちんと理解できたかどうかは別として)。

昼間働く工員の賢治と深夜レストハウスのウェイトレスで夜に仕事をする弓子が会えるのは、1日のうち夕暮れから日が沈むまでのわずかな時間だけ。
そんな恋人たちが歌う「日がもしも沈まないなら」がとても切なく胸に響きます。

日がもしも沈まないなら  二人は遠くへ行けるだろう
ほんとの海を 見るために  どこまでもどこまでも
日がもしも沈まないなら  一日はもう終らない
二人の恋も 終らない  いつまでもいつまでも


恋に瞳を輝かせながら、船のボルトに自分と弓子の名前を書いて取り付け、2人の名前が書かれた船がほんとの海を航海する夢を語った賢治が、やがて、「黙っていようと思ったけど、2人の名前が刻まれた船は今朝のニュースで言っていた座礁してしまった船だ」と告げてしまう2人の心の溝が哀しい。


自分が賢治だったらどうするだろう
弓子だったらどうだろう

と考える。

父に反対され、フィクサーに脅され、街の人たちの幸せを奪うことがわかっていても真実を告発する勇気を持てるだろうか。
幸せな結婚を夢見ながら、真実から目をそらすことを良しとしない恋人を支えることができるだろうか。

・・・答えは「否」です。残念ながら。
そんな自分に諦めに似た思いを感じつつ、若い2人が眩しく、だから最期が一層切ない。


亀梨和也くんは、窒息しそうな閉塞感の中で自分の内なる正義と闘う賢治の真っ直ぐさと挫折を描出。
体制に迎合してしまった時、何度も叫ぼうとして声が出ない場面の痛々しさ。
喉を痛めていたのかな?声は時折ハスキーになっていましたが、台詞はリアルで表現力豊か。
歌も悪くなかったですが、歌については高畑充希さんの歌唱力が傑出していますので、いささか分が悪かったかしら。

その高畑充希さんは初々しさと芯の強さ、繊細さと大胆さが同居した弓子を細やかに。
それにしてものびやかで澄み切った歌声。相変わらずうまいなぁ。
幕間には「あの女の子が主役みたいね」という声も漏れ聞こえました。

歌うまといえば、フィクサーのお嬢様 マリーの花菜さん、娼婦サリーのマルシアさんと女優陣にソウルフルな歌うまさんが集結。
マリーの家での2人の歌合戦(?)はパワフルで迫力たっぷりでした。

もう一人印象に残ったキャストは戸川昌子さん。
最初誰だかわからなくて、幕間に戸川さんと知ってオドロキ。
声量はそれほどある訳ではないのですが、台詞に独特の凄みと説得力を感じました。
終盤、三味線とともに歌い語る情念たっぷりの説教節、聴き応えありました。


カーテンコールで、左、右、真ん中と差し出す亀梨くんの手の動きがとても綺麗で、
さすがJの人だなぁと見惚れました。
「ありがとうございました」を繰り返していましたが、最後に六平さんと顔見合わせて何やら笑って「おおきにっ!」わーい(嬉しい顔) キュートムード



にしても何ともやり切れない幕切れです の地獄度 ふらふら (total 1433 わーい(嬉しい顔) vs 1436 ふらふら)

posted by スキップ at 23:09
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