
余人をもって代え難し、とはまさにこのこと。
よく言われる表現を使うならば、本当に神々くて、演技なのか菅丞相がそこにいるのか(会ったことないけど)わからなくなるくらいです。
今この菅丞相を観ることができた幸せを感じずにはいられませんでした。
上村以和於さんが日経新聞の劇評に、
「これだけの菅丞相は今をおいて見られないだろう。心ある人たちに多忙を差し繰ってもご覧になることをお勧めする」
と書いていらっしゃいました。
私に心あるかどうかはさておき(笑)、今回を逃したら、もしかしたらもう観られないかもしれないという思いもかすめて、
パツパツのスケジュールやり繰りして観に行ってよかったと心から思いました。
松竹創業120周年 歌舞伎座 三月大歌舞伎
通し狂言 「菅原伝授手習鑑」 昼の部
序 幕 加茂堤
二幕目 筆法伝授
三幕目 道明寺
出演: 片岡仁左衛門 尾上菊之助 中村梅枝 中村萬太郎 中村壱太郎 坂東亀寿 市川染五郎 中村魁春 中村芝雀 片岡愛之助 坂東彌十郎 中村歌六 片岡秀太郎 ほか
2015年3月21日(土) 11:00am 歌舞伎座 3階3列センター
幼少期の数年間を福岡で過ごしていて太宰府天満宮にはよく連れて行ってもらったので菅原道真公は「学問の神様」として身近な存在。
大阪に戻ってからは大阪天満宮や京都の北野天満宮、藤井寺の道明寺天満宮など身近なあちこちに菅公がいらっしゃったり。
中学生の時、歴史の授業であの有名な「東風吹かば・・・」の歌を習い、ほどなく、さだまさしさんの「飛梅」を知る・・・
というのが私の菅原道真公とのかかわり。
菅公とその周りの人々にこんな数奇な運命に彩られた物語があったことを知ったのはずっと大人になって、歌舞伎や文楽を観るようになってからでした。昼の部は、この後の悲劇の発端となる「加茂堤」から、政敵・藤原時平の陰謀で左遷されることとなった菅丞相が伯母である覚寿の館に立ち寄った後、太宰府に向けて出立する「道明寺」まで。
仁左衛門さんを中心に、ベテラン、中堅、若手がそれぞれの持ち分で奮闘を見せて、重厚で密度濃い舞台が繰り広げられました。
どの幕も観ごたえたっぷりでしたが、冒頭にも書いた二幕目の「筆法伝授」がことのほか印象に残りました。
菅丞相(仁左衛門)が、腰元 戸浪(梅枝)との不義のため勘当した弟子・武部源蔵(染五郎)を呼び出し、菅家筆法を伝えられるか試すために、自身が精魂込めて書いた書をお手本に、源蔵に字を書かせ、その出来に満足して筆法伝授の一巻を授ける、というお話。
仁左衛門さんの菅丞相が放つオーラ。
高貴で威厳があっていかにも格が高く、理知的で、語り口や優しく温かみがあり、でも「伝授は伝授、勘当は勘当」と厳然と言い放つ。
このような方なればこそ、源蔵はじめ周りの人たちが主として慕い敬い、わが身を賭してでも守ろうとする説得力にあふれた菅丞相です。
これに対する染五郎さんの武部源蔵がまたすばらしい。
丞相を畏怖する気持ちと、過去の罪への自責の念を滲ませて床にひれ伏す姿は、それだけで目頭が熱くなります。
染五郎さんの平伏の姿は相変わらずとびきり美しい。
筆法を伝授された時の喜び、勘当を解いてもらえなかった悲しみ。
この場があるから、あの菅丞相だから、最後の「寺子屋」で源蔵がなぜあれほどまでに菅秀才を守ろうとするのかとても実感できます。
こういうところも通し狂言の醍醐味。
先に御台園生の前(魁春)と対面した源蔵が案内されて、長い廊下を歩いて学問所まで行く場面の回り舞台、源蔵が希世(橘太郎)に邪魔されるのをもろともせず、一心に筆写する場面、門外で囚われる菅丞相、暴れん坊の梅王丸(愛之助)、そして、梅王丸から受け取った菅丞相の一子・菅秀才を打掛にくるんで逃れていく源蔵夫婦・・・起伏に富んだ物語は見どころたっぷりでした。
梅枝くんの戸浪もよかったです。
戸浪の他に、「加茂堤」と「賀の祝」で桜丸の妻・八重を演じていました。
序幕の八重は少し落ち着きすぎかなとも感じましたが、賀の祝の八重は細部にわたって上手いなぁと思いました。
他の人たちも皆すばらしかったのですが、あえてあと一人挙げるとすれば
「道明寺」の片岡秀太郎さんの覚寿。
意外にも今回が初役なのだとか。
感情表現豊かな覚寿で、前半に見せた娘たちへの厳しさ、母としての情、道真の身の上を気遣う優しさ、と緩急があり、更に立ち回りとこの場面を支えて見せてくれていました。
菅丞相 苅屋姫との別れ。ほんの一瞬見せた感情の突出に涙 のごくらく度


