2010年10月04日

戦えという声がする

ilias.jpg

僚友パトロクロスの死への報復に憤怒の鬼と化したアキレウス。
祖国を、父を、家族を守るため迎え撃つヘクトル。
金子飛鳥さんのドラマチックなバイオリンの旋律が奏でられる中、二人の息づかいと、バシッ、ドスッ、と剣と盾がぶつかり合う音だけが響き渡る舞台。
どちらかが命つきるまで、まるで永遠にも感じられるくらい果てなく続く死闘・・・気づいたら涙が流れていました。戦いのシーンで泣くなんて・・・。

「イリアス」 怒りと戦争と運命についての叙事詩
原作: ホメロス
演出: 栗山民也
脚本: 木内宏昌
音楽: 金子飛鳥
出演: 内野聖陽  池内博之  高橋和也  馬渕英俚可  新妻聖子  チョウソンハ  木場勝巳  平幹二朗 ほか


10月3日(日) 12:00pm 兵庫県立芸術文化センター中ホール 1階O列センター

「イリアス」は、「トロイア(イリオス)の詩」を意味するのだとか。
紀元前13世紀ごろに起きたとされるギリシア連合軍とトロイア軍による10年間のトロイア戦争の最後の数十日間を描く、ホメロスによる最古にして最高と言われる英雄叙事詩で、日本で舞台化されるのは今回が初めてだそうです。

ストーリー: トロイアにギリシア連合軍が侵攻して10年。ギリシアの最強の戦士アキレウス(内野聖陽)は、軍の総大将アガメムノン(木場勝己)の傲慢さに反発して戦線を離れ、自分の船に閉じこもりますが、親友パトロクロス(チョウソンハ)がトロイアの勇士ヘクトル(池内博之)に惨殺されたことに怒り、戦場に戻ってヘクトルを殺した上、遺体を戦車に縛り付け野に晒します。ヘクトルの父であるトロイア国王プリアモス(平幹二朗)は息子の死を嘆き、単身アキレウスの陣屋を訪れ、ヘクトルの遺体を返してくれるよう懇願します。

神々と人間が共存していた神話の時代。ギリシア神話に詳しいわけでも、予備知識があったわけでもないのですが、5人のコロスが彫像のように様々なポーズで舞台に佇む中、舞台奥が左右に開き光の中から登場するカサンドラ(新妻聖子)が、神々の気まぐれな運命に翻弄されながら争いを繰り返す世界を嘆き、「戦えという声がする」と繰り返す冒頭から、一気に物語の世界に引き込まれました。朗誦劇というのかな?とにかく台詞の量は膨大ですが、磨き抜かれた言葉とそれを発する役者さん達の研ぎ澄まされた演技で全く飽きない。見応え聴き応えたっぷりで、2幕3時間を一気に駆け抜けた感じです。コロス5人を含めても出演者は全部で13人。自らの台詞を語ると同時に、時にはストーリーテラーの役割も果たします。戦闘のシーンなど、13人という人数が信じられないくらいスケール感のある舞台でした。
たとえば、パトロクロスがアキレウスの鎧を着て戦場に出るシーン。アキレウスの忠告を忘れ敵陣に深入りしてしまい、絶対絶命になって我に返るパトロクロス。ここまでをパトロクロスの語りとコロスの動きだけで見せるのですが、戦闘が目の前で繰り広げられているかのような迫力。蒼ざめるパトロクロスを前に、ホリゾントが割れて、それまでパトロクロスの語りだけで舞台には一切登場しなかったヘクトルの姿がスックと浮かび上がる恐ろしさといったら・・・。

全編を貫いて感じるのはアキレウスの「怒り」-演じる内野聖陽は鬼気迫る熱演です。
アキレウスは、アガメムノンの傲慢に怒り、友の死に怒り、己の運命に怒っているように見えます。その一方で、女神である母親の力により、彼は神に守護されてはいるけれど、人より早く死ぬと運命づけられていて、その運命に抗することはできないと、自ら受け容れてもいるようです。

パトロクロスがヘクトルに殺されたことを知った時の憤怒の雄叫びは凄まじいまでの迫力でした。
最初の2回は無言・・・だけどまるでその叫び声が聞こえてくるよう。そして3度目にやっと発する声の雄々しさ、荒々しさはどうでしょう。
客席後方から登場し、舞台上のヘクトルを見据え、シュー、シューと息を吐きながら、獲物に狙いを定めたライオンのように、一歩ずつ近づく凄味。その隆々とした筋肉(すごかった。この役づくりのために鍛えたのか、内野さん自身がいつもそうなのかわからないのですが、とにかく鋼のような肉体でした)は、まるでターミネーターのようで、ヘクトルじゃなくてもお城の周りを3周半するくらい逃げ出したくなるというものです。
元より口跡のよい役者さんで、台詞を自在に操り、怒りばかりでなく弱さも繊細さも、慈悲の心も表現していて、見事です。

対するヘクトルの池内博之もとてもよかったです。
池内クンが出てくるたびにいつも思うけれど、「アオドクロ」の蘭兵衛のダメっぷりから、どれほど努力をしたのでしょう。
父を敬い妻子を愛し、祖国のために命を投げ打つ・・・人物的にはこのヘクトルの方に分があるように感じます。

そして、この息子の死を正気を失くすほど嘆き悲しむ父王プリアモスの平幹二朗。
「どれほど悲しめば髪も髭もそんなに白くなるのだ」とアキレウスが同情を寄せるほど、ただひたすら息子の死を悲しみ、慟哭し、息子の遺体を自らの手に引き取ることだけを願うプリアモス。
狂気の王ということで、あの「リア王」とも重なりますが、とにかくすばらしい。
誠心誠意アキレウスに語りかけ、その一途な思いが頑ななアキレウスの心を溶かし、やがて波音だけが聞こえる中、大きな月を背に二人が手を取り合うシーンではまたナミダたらーっ(汗)
その後のアキレウスの独白の場面で、彼方に視線を漂わせ、安堵したような、あるいは心はすでに亡き息子ヘクトルとともにあるような、幸せと狂気の入り混じったような笑みを浮かべた平プリアモスの表情が目に焼き付いて離れません。

「イリアス」は戦いに明け暮れる男たちの物語ではあるけれど、女性の心がきちんと描かれている面も見逃せないところです。
馬渕英俚可のヘクトルの妻・アンドロマケは、夫の身を案じつつ闘将の妻としての毅然とした覚悟と逆らえぬ運命へのあきらめも感じさせ、戦争や殺し合いがいかに無意味なものであるかを、静かな口調の中に滲ませます。
プリアモスの娘、ヘクトルの妹であるカサンドラはかつて太陽神アポロンに愛され予知能力が備わって、自分たちトロイアの一族の悲しい結末も見えてしまいますが、誰にも信じてもらえない孤独な心を持っています。物語の狂言回し的な役割も担うカサンドラを演じるのは新妻聖子。美しく響き渡る歌声は、時として神秘的なほど。


物語のラスト、カサンドラによって「イリアス」のその後が語られます。
勝利を収めたアキレウスもほどなく予言通りに死に、知将オデュッセウスの考案した、あの「トロイの木馬」によりトロイアは滅亡します。そのオデュッセウスたちさえ、神々の怒りに触れ、以降10年にわたり艱難辛苦を味わうことになるのです。
運命に抗い、運命の中でもがく人間。繰り返される争いと、その無常。紀元前の昔から変わらない人間世界の愚かな普遍の物語がここにもありました。


位置情報 兵芸先行で取ったのにすごく後ろの席なのぉ、とブーたれてたのですが、シンプルながらシンメトリーに配された美しい舞台装置や照明、舞台上の人物のフォーメーションがよく見えるよいお席でした。しかも・・・。
2幕でアキレウスが客席から登場する場面。センターブロック上手通路から3席ほど入った席だったのですが、すぐ横にアキレウスが立って、舞台上のヘクトルに向かって大音量でセリフを放つ・・・ナマ声です(いや、舞台はいつもナマ声なんだけど、ほんとに耳のそばで聞こえてくるんだもの)。汗にまみれたアキレウスの胸板や筋肉盛り上がった肩や腕や、凛々しいお顔も見放題。耳福、眼福でございました揺れるハート

ILIAS2.jpg位置情報 その内野さん。3回目のカーテンコールで袖に入る間際には、腰の剣を抜いて振ってくれて、それに反応した客席に何ともステキな笑顔を見せてくださいました。
いろいろあって凹んでるような噂も聞きましたが、こんなに花も実もある役者さんですから、反省すべきは反省して(笑)、これからもがんばっていただきたいです。



今年忘れられない舞台のひとつになりました のごくらく度 わーい(嬉しい顔) (total 695 わーい(嬉しい顔) vs 696 ふらふら)
posted by スキップ at 23:39
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