2020年04月01日

4月のスタートは雨の水曜日


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今日から4月。
こんな気持ちで状況で、4月を迎えるなんて・・・。

大阪の4月1日は1日中雨が降っていました。
♪雨のウェンズディ by 大瀧詠一 が頭の中をグルグル。


「今日もまた観る予定の舞台が中止になった💦」とお気楽なことを言っているのが憚られるような、先行き不透明な状況が続いています。
飲食店を営んでいる東京の友人は、しばらく休業を決めたと連絡がありました。
どうかその「しばらく」ができるだけ短い期間で終えられることを祈っています。


気持ちも沈みがちの中、自宅近くの公園の桜は雨に打たれながらも凛と綺麗な花を咲かせていました。
今年はお花見にも行けませんが、本当の春が来る日を信じて。






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2020年03月24日

夜空に浮かぶ笑顔


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今日、仕事から疲れて帰って、最寄り駅を降りたところ、いつも遠くに見えるあべのハルカスの、このスマイルが見えてちょっと心が和みました。

ハルカスに入っている大阪マリオット都ホテルが宿泊客の減少で空いた部屋を利用して、3月16日から始めたライトアート。
「暗いニュースばかりで閉塞感すら感じるなか、少しでも明るく上を向いて笑顔になれるように」とホテルスタッフさんが考えたのだとか。

このところ夜は全く出かけないし、これまでは北側ばかりだったのですが、本日初めて南側になって、見ることができました。




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ご本家の大阪マリオット都ホテルさんがインスタグラムにアップしてくださった画像がこちら。



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3月19日にはハートマークも。





1日も早くみんなが笑顔になる日がきますように。






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2020年01月17日

25年目の祈りの朝


1月17日
祈りの朝と決めている日
あの朝から25年が過ぎた今日も、それは変わりません。

「昨日と同じ朝」を迎えられることが決して当たり前ではなく
どれほど幸せなことか、感謝の思いは日々募っています。


5年前に一度だけ、このブログにあの朝とそれから数日のことを書いたことがあって、今日それを読み返したら、また泣いてしまいました。
あふれる思いはたくさんありますが、これ以上のものを文章として再現できそうにないので、ここに再掲させてください。




20年の祈りの日に


1995年1月17日午前5時46分。
あの日から20年という時が流れたことが信じられない思い。

お気楽が身上のブログですので、阪神淡路大震災のことを書くのは多分初めてですが、自分の中で風化させないためにも20年の祈りの日の今日、少し書き残しておきたいと思います。

「安全と水はタダ」と思っている日本人であり「関西には大地震はこない」と信じていた典型的な関西人だった私の価値観が変わったあの日。


あの日の朝。
3連休明けの火曜日で、前夜あまり眠れず明け方になってやっとまどろみ始めた時に感じた激しい揺れ。ベッドのサイドボードの上に置いていた目覚まし時計が床に落ちた!
大阪市内の自宅に被害はありませんでしたが、何日か経って、おそらく家中で一番重い「家具」であるピアノが動いているのを発見した時は驚きました。

当時はインターネットも今ほど普及していなくて、もちろんTwitterなんてなかったので情報収集はもっぱらテレビとラジオ。電話は全くつながらない状態。公衆電話からだと繋がりやすいと聞いたので試してみましたがやはりダメでした。最寄駅からの電車は動いていましたので、とりあえず会社に行ってみようと出かけましたが、ターミナルの天王寺駅に着いたら、地下鉄御堂筋線が止まっていてタクシーにも長蛇の列。これは無理と一旦帰宅。
それでも、自宅で収集できる情報は限られるので意を決して再度出発したところ、天王寺で地下鉄堺筋線は動いていることを知りました。
一人の駅員さんにみんな群がって「自分は□ □ に行きたい」と言うと「動物園前から堺筋線に乗って△△で乗り換えて・・・」とテキパキ指示してくれました。

動物園前駅まで歩いて堺筋線に乗って堺筋本町まで行き、中央線に乗り換えて本町までたどり着いて出社。
会社にはほとんど人はいなくて、いろんなところで棚から落ちたファイルが散乱したり花瓶や壺が割れていたりしましたが、一見したところ大きな被害ではない模様。
それから上司や同僚に電話をしてみましたがやはり全く繋がらず。

その後に取った行動のことは後々まで「あんな時にようそんなこと思いついたな」と笑われたのですが、その日の夜は新年会の予定で某ホテルの中華レストランにキャンセルの電話を入れたのでした。だって、「あの予約、キャンセルしなきゃ!」と思ったんだもん。
先方は電話をかけたこと自体に大変恐縮されて「こんな状況ですので重々承知しております」とおっしゃっていました。

阪神間に住む上司と連絡がついたのは翌日になってから。
こちらからの電話は相変わらず通じないままでしたが、上司が携帯電話からかけた電話が繋がったのでした。
電気は2日目に何とか復旧したもののガスと水道は止まったまま、寒くて水が不足しているとおっしゃっていましたが、ご家族含め皆さんご無事ということでした。

「差し入れに行かなきゃ!」
梅田の阪急百貨店に行くと、パン売場にパンが全くありませんでした。
デパートのパンの棚がカラ・・・あんな状況を見たのは後にも先にもあの時だけです。
梅田では食べものを調達するのは無理、と判断して天王寺まで戻り、近鉄百貨店ですぐに食べられるパンやお寿司や総菜、電子レンジで温めればよいレトルト食品などを調達し、ショッピングカートも購入。
デパートにも全くなかったペットボトルのお水は近くの商店街の酒屋さんに頼みこんで3本だけ譲っていただきました。

阪急電車神戸線は西宮北口まで動いていました。
荷物をたくさん持った人でギュウギュウの阪急電車に乗り込み西宮北口へ。
淀川を渡っても普通の状況が続いていた車窓の眺めがある地点から一変し、目の前に広がる信じられないような光景に、ざわついていた車内が一斉に言葉をなくし、水を打ったようにしんと静まり返ってただただ窓の外に目をこらしていた数分間のことを忘れることができません。

西宮北口から上司の自宅まで、止まっていた阪急今津線沿いをショッピングカート引きながら3駅分歩きました。
道路を歩けないところは線路上を歩いたりしながら。
あのあたりは私が学生時代を過ごした場所でもあり、倒壊した阪神高速、姿がわからないくらいになった行きつけのカフェ・・慣れ親しんだ街並みの無残な姿に声も出ませんでした。
本当にどうしようもないくらいの衝撃を受けた時は言葉どころか涙も出ないことをあの時初めて知りました。

上司の家に着いたのは会社を出てから5時間位経った夕刻。
かえって心配されていたりして(笑)。

上司の笑顔を見て安心し、それからどうやって帰ったのか、そしてその後1ヵ月位のことはほとんど記憶がありません。
会社では毎日対応に追われ、クタクタになって帰宅して連絡のつかない神戸方面の友人、知人の消息を確認したり、テレビや新聞で報道される被災者の皆さんや地域の情報を見聞きしては泣いてばかりいました。
もちろんそんなことは、被災された方々の苦難や悲しみを思うと何の苦労でもありません。


それからの神戸をはじめとした街々、人々のがんばりには目を見張る思いでした。
20年経って、つめ跡も感じられないくらいに戻ってきた美しい街並み。
TVのニュースで見た「死んだ者には20年とか区切りはないの」とおっしゃっていた遺族の方の悲しみの表情が心に突き刺さりました。


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2020年01月01日

あけまして 2020年


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あけましておめでとうございます。
全国的に寒いという予報でしたが、大阪はそれほど気温も下がらず、青空が広がる穏やかな年明けとなりました。
秋田の友人からの連絡では、大晦日から雪で真っ白、2020年のスタートは雪かきからなのだとか。


今年も、お屠蘇とお雑煮、おせちをいただいて、初詣に参上して御神酒をいただくという、いつもと変わりない元旦を過ごしました。
去年と同じ、昨日と同じでいられることがどれほど幸せなことかを日々実感していますので、こうして穏やかで変わりないお正月を過ごせることに感謝の気持ちでいっぱいです。


さて、2019年の私のキーワードは「彼方を見る」でした。
うーん、うまく見られたかなぁ。
たとえば東京にお芝居を観に行く、といったルーティンと違う行動をする時、自分のことばかりでなく家族のことも考えなくてはいけない状況ですので、常に先を見据えて計画を立てて行動を起こしていろんな手配をしてということはできたと思います。
でも考えてみればそれって社会人として、仕事の上では当たり前のことですね。
3年後、5年後の自分が描けていないという点で、昨年の目標は落第です(-_-;)


その反省もふまえつつ、2020年のキーワードは「余白」。

これでもワタシ、毎日結構がんばっていると思うのです(自画自賛)。
やることと時間に追われ、年々衰えてくる体力・・・だけじゃなく、視力も聴力も記憶力も!・・・と闘い、アップアップながら日々精一杯生きています。
でもね、その中に余白の部分も持ちたいと思うのです。
それは何もしない時間かもしれないし、いつもフル回転している(と自分では思っている)頭をからっぽにする時間かもしれないし、ただ体を休めるだけの時間かもしれません。
余裕やゆとりと違うところは、そこは「余白」なので、やろうと思えば何かを書き込めること。
1日の単位では無理でも、1週間、ひと月、三か月、を見渡せば余白があって、真っ白なままだったり、何かを書き込んであったりする1年を過ごしたいと考えています。


2020年が皆さまにとりまして、明るく幸せに満ちた年となりますように。
本年もどうぞよろしくお願い申しあげます。


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2019年12月31日

ありがとう 2019年


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今年も残すところ1時間を切りました。
平成から令和へと年号が変わった2019年。
「え?もうずーっと令和だったんじゃないの?!」というくらいの馴染みようです。

昨年、一昨年と続けて1年を表す漢字に「変」を選んだ不肖スキップ。
(2017年は「変化」の変、2018年は「大変」の変)
さて今年は、と考えるとうまくあてはまる漢字が見つからないのですが
しいて挙げるなら、「諦」。
諦める、ではなくて「諦念」の諦(似たようなものかな(^^ゞ)。

道理を悟るにはほど遠いですが、今の状況をきちんと受け止めて
その中で自分ができることと無理なことを配分できるようになったというところでしょうか。
そのために諦めなければならないものはキッパリ切り捨てる覚悟もできたというか。
長い人生、そんな時期もあるよね~という感じ。
2年前、吉野の総本山金峯山寺の千人潅頂会に伺った時、「皆さんは自分がここへ来ようと思って来たと思っていらっしゃるでしょうが、そうではない。権現さまに呼ばれて来たのだ」とおっしゃった長老のお言葉をよく思い出します。


とはいうものの、昨日総括したとおり、今年もたくさんの舞台を観て感動を味わい、
お友だちと楽しい時間を過ごしたり、おいしいお料理やお酒も、と幸せな1年を過ごしました。
毎年のことながら、こうしてのんびりブログを書きながら新しい年を迎えるという、
いつもと変わらない大晦日の夜を過ごせる幸せに感謝。

身近にいる友人をはじめ、今年も劇場でお目にかかったり、食事やお茶をご一緒したり、
ブログやTwitter、Instagramを通じてコミュニケーションさせていただいた皆さま、
本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。


さて、今年は年号の入ったバカラのグラスで搾りたてのにごり酒をいただき、
フライングでおせちもつまみながらの年越しです。

来るべき2020年が皆さまにとりまして幸せに満ちた年となりますように。
どうぞよいお年を!



2019ありがとう の感謝の気持ち countless!


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2019 Best Nine on Instagram


こちらも年末恒例 Instagramのベストナインです。
2018年に149枚の画像を投稿して8,830のいいね!をいただいたスキップ's best nine がこちら。


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エンタメモリー総括同様、昨年は歌舞伎率が高かったのですが
2019年は「食いしん坊のヅカヲタさん」といった感じに

歌舞伎も3つ入っているのですが、食べ物の画像がトップに来ているので、上段真ん中の「月光露針路日本」以外わからないですよね(笑)。

Best 1の画像(左上)は今年のはじめにアップした大阪マリオット都ホテル ラウンジプラスの「ショコラショーと小さなお菓子たち」なのですが、どういう訳かフォロワーさん以外の方や外国の方からもダントツにたくさん「いいね」をいただきました。ありがとうございました。


最近はストーリーにも投稿を始めてインスタライフを楽しんでいます。
今年もたくさんの「いいね」やコメント、 本当にありがとうございました。




2020年もインスタでもリアルでも楽しく過ごせますように のごくらく度 (total 2053 vs 2055 )


posted by スキップ at 14:49| Comment(0) | diary | 更新情報をチェックする