2019年07月14日

What are you fighting for ? 「マクガワン・トリロジー」


mcgowantrilogy.jpgIRA(アイルランド共和国軍) 内部保安部長 ヴィクター・M・マクガワンの3年間を描いた物語。
松坂桃李くんが孤独な殺人マシンを演じます。

ほぼ1年前に観た舞台で、感想書きかけのままになっていたのですが、「松坂桃李」で自分のブログ検索して、この作品出てこないの嫌だったの~。


「マクガワン・トリロジー」
作: シェーマス・スキャンロン
翻訳: 浦辺千鶴
演出: 小川絵梨子
美術: 二村周作  照明: 原田保  衣装: 前田文子
出演: 松坂桃李  浜中文一  趣里  小柳心  谷田歩  高橋惠子

2018年7月4日(水) 2:00pm 兵庫県立芸術文化センター 
阪急中ホール 1階A列センター
(上演時間: 2時間30分/休憩 15分)



タイトル通り、三部作になっていて、1年ずつ異なった場面が展開します。

狂気のダンス: 1984年 ベルファストのバー
ヴィクター(松坂桃李)はIRAメンバーのアハーン(小柳心)が敵に情報を漏らした疑いを持ち、彼を問い詰めます。尋問は司令官ペンダー(谷田歩)、バーテンダー パーマン(浜中文一)を巻き込んでエスカレートして・・・。

濡れた背の高い草: 1985年 メイヨー州の湖畔
ヴィクターは一人の女を手にかけるため車のトランクに乗せてこの場所に連れて来ました。
彼女(趣里)はヴィクターの幼なじみで、この場所は二人の故郷でした。

男の子たちが私の前を泳いで行った: 1986年 ゴールウェイ州の老人施設
ヴィクターは認知症の母 メイ(高橋惠子)と対面します。母はヴィクターを父や弟と間違えて、乱暴者のヴィクターが大嫌いだったと話しますが、やがて・・・。


開演前、会場に入るとデヴィッド・ボウイの"Heroes"が流れていて、いきなりテンション上がるボウイ好きスキップ。
ベルファストのバーのラジオから絶えず流れていた曲が70~80年代のUKパンクロックだったり、二部でも選曲や音楽の使い方がとても印象的でしたが、こういうのって戯曲で指定されているのかな。演出の小川絵梨子さんの用意したものなのかしら(フライヤーには 音楽: 大嶋吾郎とありました)。


三部ともヴィクターが対象となる人物を粛清する話なのですが、一部はとにかく「怖かった」という印象。
いわれのない狂気的な暴力(ヴィクターにとっては「いわれない」訳では決してないけれど)とか血まみれの惨劇とかにとても弱いということを思い知りました、ワタシ。

アハーンを追い詰めるヴィクターが、狂気というか、ぶっ壊れた感じで、常にハイテンションでまくし立てる、暴れる、殴る、時には歌う。
でも実はかなり冷静で、本当に冷酷に無慈悲にアハーンを追い詰めていて、外にいる仲間とのレシーバーでの会話を聞いているとすべて計算ずくでやっているようにも感じられます。紅茶が好きだったり、会話の中にラテン語やシェイクスピアを織り交ぜたりして、粗暴な行動とは裏腹に実は教養も高く頭もよさそう。

いやでも本当に怖かった(再び)。
ヴィクターがポテトチップスの袋をバァーン!とやった時、最前列でしたので粉々のポテトチップスがバーッと飛んで来て顔に当たった時には、背筋が寒くなりました。


image1 (6).jpg

これ、その時のポテトチップス。


IRAの凶暴性についてはかつてニュースでもよく見聞していましたし、「ビッグ・フェラー」(2014)を観ていたこともあって、厳しい内容というのは想像がつきますが、この調子で続くとちょっとキツイと思いながら休憩を終えると、続く二部三部はかなり趣きが異なって、エモーショナル寄りな印象。


幼なじみの女の子が「ねぇ、覚えてる?」と話す思い出話にも無表情で、「お願い、助けて」と懇願されても「規則だから」と一蹴するヴィクターが、彼女がその胸にすがって泣いた時だけ、抱きしめようかどうしようかと戸惑っているような手の動きが何よりもヴィクターの揺れる心を物語っていました。

踊りながら草むらの中に入っている彼女の背中に銃を撃ち、倒れた彼女を抱えて慟哭するヴィクターが哀しい。

音楽について先述しましたが、二部でもカーステレオから流れる曲の歌詞が、"What are you fighting for?"と繰り返していて、これがヴィクターの状況や心情にとてもシンクロしていて印象的でした(後で調べたら、Marianne FaithfullのBroken Englishという曲でした)。


三部は風にふわりと揺れるカーテンだけが動いているような、音楽もなく静謐な世界観。
認知症が進んだ母とのかみ合わない会話の中で、少しずつ明らかになるヴィクターの光と影。
弟ばかりが可愛がられて母からの愛情を受けずに育ったヴィクター。
ヴィクター・M・マクガワンのミドルネームMは、Murder(殺人) のMだと嘯いてヴィクターだけど、本当は聖母マリアのMから名づけられたこと、二部で殺した彼女がヴィクターの家を何度も訪ねていて、彼女がヴィクターのことを好きだと知っていたのにヴィクターには伝えなかったこと、ネイティブ・アメリカンに憧れて幼いヴィクターの黒髪をのばしていたこと・・・ヴィクターが知らなかったことも。

ヴィクターの顔も認識できず、会話というより、夢と追憶の間を漂っているような母親にイライラを募らせながらもつらく当たれないヴィクター。母に薬を飲ませて看取るのは、「粛清」というより、母にも自分にも安堵を与えてように感じられました。
テーブルの上にあったネイティブ・アメリカンの置物にランプをあてるヴィクター。
母が憧れて望んだ息子の姿を手向けるようで、何とも切なく哀しいラストシーンでした。

そして、入って来た時と同じように、ふわりと揺れるカーテンの向こうへ、夜の暗闇の中へと戻って行くヴィクターの姿に、What are you fighting for? という歌詞が重なる思いでした。


松坂桃李くんは、無感情に、いや、むしろ殺人を楽しんでいるように見える、刹那的な美しさと色気を纏った一部から、少しずつ感情が入って、それゆえに悩みも影も深くなるヴィクターの変化を繊細に表現。ベルファストのバーとラストのカーテンの部屋とではまるで別人のようでした。相変わらず細くて長くて綺麗な指先も、狂ったように見開いたり、ふっとやさしくなったり哀しみを帯びたりする目も、とても魅力的。

哀願と諦念の間を揺れながら、「平気よ」と言わんばかりに虚勢を張る少女の姿が可憐で痛々しかった趣里さん。
透明感ある美しさが、正気を失った母の彷徨う魂の哀しさを際立たせていた高橋惠子さん。
小柳心さんも谷田歩さんも浜中文一さんも。役者さんは皆よかったです。


おもしろく拝見しましたが、IRAはやはり物理的にも精神的にも遠い存在で、共感もしにくい上に、当時の情勢などまだまだ知識が足らない部分も多く、そういうハードルを超えることができたら、もっと楽しむことができたのかな、とも思いました。




感想書くのに1年もかかるようでは推して知るべし の地獄度 (total 2076 vs 2078 )


posted by スキップ at 23:43| Comment(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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