2018年09月13日

忘れようとするエネルギー 「MAKOTO」


makoto.jpg長塚圭史さん主宰の演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」が劇団となって生まれ変わった新生第1弾公演。
主演は「新たに劇団員として迎えた」中村まこと。
へ?猫のホテルは? 退団したの?!


阿佐ヶ谷スパイダース 「MAKOTO」
作・演出: 長塚圭史
出演:中村まこと  大久保祥太郎  木村美月  坂本慶介  志甫真弓子  伊達暁  ちすん  長塚圭史  中山祐一朗藤間爽子  森一生  李千鶴

2018年8月25日(土) 7:00pm 近鉄アート館 Bブロック1列センター
(上演時間: 2時間15分)



自称漫画家の水谷(中村まこと)は妻を亡くし、喪失感と孤独を抱えたまま工事現場の交通誘導警備員として働いています。
義弟の三郎(長塚圭史)は妻(志甫真弓子)、娘(木村美月)とともに水谷を訪ね、彼の妻の死は医療事故で訴訟を起こすべきと伝えようとしますが、なかなか会えずにいます。
妻の死が担当医・森本(伊達暁)の個人的な過失だったことを知った水谷は精神のバランスを失い、警備員仲間の入口(坂本慶介)や栗田(中山祐一朗)を巻き込んで暴走します。そのうち妻の服を燃やすと破壊のエネルギーが発散されることがわかり・・・。


ファンタジーとSFとオカルトが入り混じったような物語。
阿佐スパで長塚さんの作品といえば、不条理とか残酷とかスプラッタとかいうイメージが強いですが、ずいぶんソフトになったなという印象です。


「人の内側の葛藤とか、内側で起きていることって、外から見ただけじゃわからない。その人にとって大切なことが表に出た時、それが例えば発火するとか、そういうことがあったらどうなのかなって考えたところから始まりました」 
「奥さんを急に失ってしまった男の話です。ひとりの人間を忘れようとする時のエネルギーは、なかなか奇抜なところに向かいます」 
というインタビュー記事を後で読んで、「いや~、その通りのお芝居だったじゃない」と感心したものですが、観ている間にそれを感じ取れたかというとハナハダ自信がありません。


個人的に一番心に響いたのは、「忘れること」と「消し去ること」の違いかな。
人間は忘れる生き物なので、どんなに大切にしている思い出も記憶も、やがてそれは薄れていくものです。切ないことだけれど。
ただ、忘れてしまいたいことを自然に忘れるまで待つ時間がツラい時、人は無理をしてでも記憶を消し去ろうとするのだと思います。
もしかしたら自分の心の奥底に潜む意に反して消し去ろうとしたら、そこには歪んだ形のエネルギーの発露があるのかもしれないな、と水谷の不思議な力を観ていて思いました。
水谷さんは、心から愛する奥さんの記憶、本当は消し去りたくはなかったのではないかしら。

そこに、時代とともに姿を変えようとしている東京の街が重ねられているところが、少しノスタルジックで、「あれ?圭史くん、結構ロマンチスト?」と思っちゃいました。
物語の冒頭部分で、「二層式洗濯機」がキーワードになっていて、夜を徹しての道路工事とか、時代は多分1960年代、東京オリンピックの前後かと。
水谷が入口とともにオオカミタクシーに乗って、大久保、渋谷、代官山と東京の街を走る場面では、私も少しだけ見慣れた夜の東京が目に浮かぶようでしたが、きっとその東京は今とは違った顔を見せていたのでしょう。


それにしても水谷を演じた中村まことさん圧倒的でした。まさに怪演。
金髪でヤンキーっぽいけど実はいいヤツ入口・坂本慶介さん、あんなにヨーデルうまかったなんて、な栗田・中出祐一朗さん、森本医師ののんだくれの妻でキレッキレのちすんさん、キュートな飼犬 花子・藤間爽子さん・・・などナド、個性あふれる周りの人々のエピソードも楽しかったですが、ちょっと情報過多でもったいない感じでした。



開演前には中山祐一朗さんが物販に精を出していらっしゃいました。
バラシも全部劇団員でやるのだそうです。
新生「阿佐ヶ谷スパイダース」の船出、おめでとうございます。




長塚作品には珍しく、休憩なしの2時間15分がいささか長く感じました の地獄度 (total 1960 vs 1962 )



posted by スキップ at 23:43| Comment(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
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