2017年10月28日

市川染五郎教授登壇 「歌舞伎を通して知る空海」


koyasan20171025.jpg昨年四月歌舞伎座「幻想神空海」で空海を演じたご縁で高野山大学初の特別招聘教授に任命された市川染五郎さんの就任記念講演会。
昨年その舞台を観て、お大師様に導かれるように2回も高野山に伺ったワタクシといたしましては、元より高麗屋贔屓でもあり、これは聴き逃す訳には参りますまい。


高野山大学 市川染五郎特別招聘教授就任記念講演会
  
  高野山大学特別招聘教授就任式典(辞令交付)
  記念講演 「歌舞伎を通して知る空海」 
  鼎談 (添田隆昭理事長・乾龍仁学長・市川染五郎)

2017年10月25日(水) 1:00pm 高野山大学 松下講堂 黎明館
(講演時間 2時間/休憩10分)



高野山は3回目だし、特急こうやで行けば楽勝よ、と思っていたのですが、前日、高野山大学のサイト見たところ、台風21号の影響で南海電車が高野下から運休していて、橋本駅から代行バスが出ていると案内が。
橋本駅に問い合わせたところ、バスは台数に限りもあって時刻表などもなく、その日によって運行状況も変わるとのこと。そして橋本駅から高野山までは1時間20分位かかる・・・とここまで聞いて、行く気マンマンだった気分がシュルシュル~としぼんで行くのが自分でもわかったのですが、翌朝起きて「やっぱり行こう」と考え直し、思いきって行ってきました。

8:00に家を出て、最寄り駅から南海電車普通→急行と乗り継いで橋本駅からバスに乗って高野山駅まで、途中の高野龍神スカイラインは1メートル先も見えないくらい真っ白な霧の中でした。
そこからりんかんバスで高野山大学に到着したのは11:00。思ったより早く着いて、12:00の開場待ちの列(といっても私で5番目)に並ぶハメに。さっむかったよ~。


き乃はちさん尺八演奏

開演時間20分前にアナウンスが入って、「幻想神空海」の音楽監督で尺八奏者のき乃はちさんが駆け付けてくださって演奏してくださるとのこと。
3曲演奏してくださったのですが、「幻想神空海」のテーマ曲を聴いていると舞台のいろんな場面が胸によみがえって、一気に気分は空海の世界へ。
音楽って本当に不思議でステキです。

あの曲をナマで聴けるなんて思ってもいなかったので私はとてもうれしかったのですが、これは事前に告知されていなくて、開演前でまだ着席されていない方も結構いらしてもったいないことでした。


高野山大学特別招聘教授就任式典(辞令交付)

高野山大学の添田隆昭理事長のご挨拶、乾龍仁学長が染五郎さんのプロフィールを紹介されて、辞令交付式。
染五郎さんは黒茶系のお着物に羽織、少し薄い茶色の袴。
皆さん、登壇時には正面のお大師様の前で合掌されていました。

委嘱状とともに名刺も。
来年1月に松本幸四郎襲名を控える染五郎さんにとっては2カ月の期間限定名刺。
「プレミアになるかも」と学長さんはおっしゃっていました。

特別招聘教授の任期は原則2年間ですが「いくらでも延長できます」と乾学長。


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記念講演 「歌舞伎を通して知る空海」 

染五郎さんの記念講演は60分。
手元に原稿はご用意されているようでしたが、チラリと確認するだけでほとんど正面や客席を見ながらお話されていました。

以下は思い出すままの箇条書きメモ。


・小学校(暁星学園)で1年から5年まで副級長、6年は級長を勤めたことが自慢なのですが、辞令をいただくのはそれ以来。

・き乃はちさんのすばらしい演奏を聴かせていただきました。
 僕は新作をつくる時に最初に取りかかるのが音楽で、 き乃はちさんとは「竜馬がゆく」の音楽を担当していだたいたのが最初ですが、その曲を聴いて「この作品はできた」と思いました。

 ここで、「幻想神空海」のCDを取り出して「この絵は僕が描きました」とプロモーション。

・「幻想神空海」での空海の印象はやんちゃ。
 思いついたら即実行、なぞに向かって積極的にぶつかっていくところなど、ちょっと自分とにたところがあるなぁと思いました。

・生まれた時から歌舞伎が好きで早く舞台に出たいと思っていたので、初舞台は6歳でしたが、「やっと舞台に立てた」という思いでした。
 でも、見得も隈取もしない役で不満で、先代三津五郎のおじさまが「どんつく」をやっていらして、「踊れたら出してやる」と言われ、見ながら稽古して公演の途中から出ました。

・7歳の時、「盛綱陣屋」の小四郎をやっている時に風邪でドクターストップがかかり1日だけ休演しました。
盛綱役は父で、帰ってきた時、「今日のお客さんは一番いいお客さんだったよ」と聞こえるように言ったのが印象的。
次の日から出ましたが、千穐楽の後、1ヵ月寝込みました。

・祖父(白鴎さん)は襲名は「名」ではなく「命」だと言っていました。
亡くなる前、ベッドのそばに呼ばれて、ワシントンの桜の木の話をされたのをよく覚えています。

・昨日の夜、関空から車で高野山に来ましたが、真っ暗な中「スナックどんぐり」という灯りがとても気になり、今朝は「歩運歩子」というお店が・・ぽんぽこと読むのでしょうか。
 暗くても真っ暗という場所は都会にはありません。

・思いつきや妄想からいろんなことをやっていて、今年もスケートと歌舞伎を融合してやりました。
 いろんな方に歌舞伎をやっていただきたいと思っています。海外でも、オペラ、ミュージカルのように1つのジャンルとして「歌舞伎」があるといいなと思います。

・好きでやっている歌舞伎ですが、「好き」と自分とのギャップがありすぎて、自分には向いていないと思って辞めようと思ったこともありました。
その時、20歳くらいでしたが、今年納涼でもやりましたが、野田秀樹さんの夢の遊眠社の「贋作・桜の森の満開の下」を観て、ナマの人間のパワーを感じて、舞台ってすごいと思いました。

・声変わりが長くで声が出せない、成長痛で膝が痛くて正座もできないような状態でしたが、父から「声が強い人、正座できる人ばかりが役者ではない」と言われた言葉もとても心に残っています。

・向いている、向いていないと考えるのではなく、「好きだからやる」「好きで一番になる」と思っています。

・空海を演じている時は、客席に向かってではなく、「天に向かって」演じているようでした。
空海とは、空と海、これほどいい名前はありません。

・名刺がつくられていることに今日一番びっくりしました。

・高野山大学は去年130周年、歌舞伎座は来年130年、そんなところもご縁があるように感じます。


ここで、皆さんからこの教授に聞いてみたいことがあれば、と質問コーナー。
2名の質問者はいずれも男性でした。

自分は同い年なんですが、とてもそう見えなくて・・・とおっしゃる方に:

「僕に限らず、歌舞伎役者は肌が綺麗な人が多いのですが、その理由は『厚化粧』だと思います。
白塗りは中途半端に落とせないのでしっかり洗顔します。1日にあんなに顔を洗う男は歌舞伎役者以外にいません。明日からどうぞ白塗りを・・・(笑)。

名前が変わることについて:

その名前を前につけていた人、つまり父がそばにいますので中途半端なことはできないと思っています。
しかし、松本幸四郎になったら何ができる、何ができなくなるということではなく、自分自身は何も変わりません。


質問者の両方ともお名刺おねだりして染五郎さん自ら手渡しされていました。いいな。


鼎談 (添田隆昭理事長・乾龍仁学長・市川染五郎)

染五郎さんを間にはさんで、両側のお二人の質問に応える形で進行。

■ 伝統を継承するということ
歌舞伎はその役を演じた人に習いますが、二十歳位から教えて頂いた方が亡くなることも出てきました。自分がその役を演じてお客様に受け容れて頂かないとその方の芸が自分で途切れるという思いでやっています。
「仮名手本忠臣蔵」 五段目六段目の勘平は勘三郎のお兄さんに教えて頂きました。勘三郎さんは新しい歌舞伎座の舞台に立つことはできなかったけど、僕が勘平を演った時、おこがましいですが、僕を通してお兄さんは歌舞伎座の舞台に立っている、と思いました。

これを聴いて客席で泣く者が・・・私だ。


■ 歌舞伎役者の家に生まれてなかったら?
「それは野球選手です」と即答。
生まれ変わってもプロ野球選手。歌舞伎役者は今生で全うしたいと思っています。
野球の才能はおそらくあると思います。野球界としては僕が歌舞伎の家に生まれたことが損失です。


■ 歌舞伎好き
いろんな仕掛けや大道具、小道具・・歌舞伎には子供の興味をひきそうなものがたくさんありました。
子どもの頃からとにかく歌舞伎が好きで幼稚園行くより歌舞伎座行く方が多かったです。歌舞伎座に行く時は必ず着物を着て行きました。幼稚園には洋服、歌舞伎座は着物、と自分で決めていました。着物着て信玄袋持って。信玄袋の中には必ず都こんぶ。


■ 自分にいろんなこと(悲しいこと)がある時でも舞台で笑うのはどうか?
それができてしまう怖さもあります。役に入り込んでしまう。
演じていて泣いてしまうこともありますが、それは本来「自分は悲しいので見てください」ではなく共感してもらうことが正しいあり方かもしれませんが、自分は悲しいものは悲しいと見せる方です。

舞台では一番後ろにいる人にも芝居が届くと感じることもあれば、とてつもなく大きいところに自分がぽつんと一人でいると感じることもあります。


■ 先ほどの洗顔の話はとても参考になりましが化粧はどれくらいの時間で?
1日に何役もしますので、洗顔は2~3分で。今は水クレンジングというシートにハマっています。
顔をするのは基本15分。女方の時はもう少し時間をかけます。

ここで乾学長の「「2〜3メートルの近さで見ても本当に綺麗。この講演のためにポスター・チラシ作りましたが、そのまま」という発言あり。


■ 新作は台詞を覚えるのが大変では?
台詞は会話なので相手の言葉の中にヒントがあったり、テストで丸暗記するほどには大変ではありません。
台詞を忘れた時は「僕じゃないよ」という顔をするらしく、周りの方がドキドキするらしい。全く沈黙してしまうのではなく、常に何か話続けてやがて思い出す、みたいな。


■ 空海
演じていて空海の息を感じるし、すごい人物だと改めて知りました。
これからは四季折々の高野山を感じていきたいです。



「昨年歌舞伎座で『幻想神空海』をご覧になった方」と乾学長が挙手を募っても数名しか手が挙がらない(もちろん私は張り切って手を挙げましたが)、染五郎さんにとってはある意味アウェイともいえる聴衆の中での公演。
いつもの染五郎節だったり、少しおすましだったり、いろんな染五郎さんが見られましたし、知っていたこと、知らなかったこと含めてたくさんの貴重なお話も聴くことができてとても充実した2時間でした。
列車が運休していると知った時には心折れそうになりましたが、あきらめずに行って本当によかったです。
時間があればお大師様の御廟にも伺いたかったのですが諸事情によりとんぼ帰り。


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開場後、あんまり寒かったので「温かい飲み物が買えるところがありますか?」と係の方にお尋ねしたろころ、ご親切に大学の食堂まで案内してくださいました。
自販機もありましたが、売店でポットのホットコーヒーを買って、横にあったチーズホイップクリームドーナツも調達。
学内あちこちにたくさん貼ってあった講演会ポスター眺めながらいただきました。
こうや号にもチラシいっぱい貼ってあって手づくり感満載。



橋本新聞のサイトに当日の写真や内容が。




染五郎教授が高野山大学で講義されることがあればぜひ聴講したいものです のごくらく度 (total 1830 vs 1832 )

posted by スキップ at 20:41| Comment(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
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