2017年06月15日

生きる尊さ 生き続ける切なさ イキウメ 「天の敵」


tennoteki.jpgすべてを語り終えた卯太郎が清々しい表情で「最期に鰻を食べたいと思います」と言い残してその場を離れた後、ひとりソファに座り涙する寺泊。
やがて、おそるおそる冷蔵庫に近づき、その扉を開きます。

わが子を抱こうとして力が入らなかったことがきっかけで自らの不治の病を知ることになった寺泊。
愛するわが子のため、妻のために生きながらえたいという思いは切実のはず。
そして、冷蔵庫の中にあるそれを手に取れば、その願いは叶えられるのかもしれません。

「大丈夫、大丈夫」と怖がる子どもをあやすように寺泊を抱く妻。
だけど彼はまた、気づかされてもいたのだと思います。
命には終わりがあるから、死があるからこそ、生きることが尊いのだと。


イキウメ 2017年春公演
「天の敵」
人生という、死に至る病に効果あり。
作・演出: 前川知大
美術: 土岐研一  照明: 佐藤啓  
作曲: かみむら周平  音響: 青木タクヘイ
ドラマターグ・舞台監督: 谷澤拓巳
出演: 浜田信也  安井順平  盛隆二  森下創  大窪人衛 /
小野ゆり子  太田緑ロランス  松澤傑  有川マコト  村岡希美

2017年6月10日(土) 6:00pm ABCホール A列センター
(上演時間 2時間25分)



物語: ジャーナリストの寺泊満(安井順平)は妻の優子(太田緑ロランス)が心酔する菜食主義の料理研究家 橋本和夫(浜田信也)にインタビューすることになります。寺泊はALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病を抱えており、優子は橋本が提唱する食餌療法が寺泊の身体によいのではないかと考えていました。寺泊本人は健康志向ではないものの、薬害や健康食品詐欺などの取材経験から橋本に興味を持ち調べていく中で、戦前 食餌療法を提唱していた医師 長谷川卯太郎に行き当たり、橋本は長谷川の孫ではないかと考えていました。それを聞いた橋本は、「自分こそが長谷川卯太郎で今122歳だ」と明かします。にわかに信じがたい寺泊に、「長くなりますよ。いいですね?」と念を押して語り始めた長谷川卯太郎の人生は・・・。


壁一面に薬膳用の食材が入ったたくさんのガラス瓶が美しく整然と並んでいます。
その前に磨き上げられたキッチン。
下手には大きな冷蔵庫。中央にテーブル、上手にはソファ。
いつものイキウメらしいシンプルでスタイリッシュなセットですが、今回はいつもよりリアリティがあって大道具小道具が多く凝っている印象。そして並んだ瓶の美しさが際立ちます。
そうそう、オープニングの料理番組収録でつくった「きんぴらごぼう」と「炒り豆腐ご飯」はリアルに調理していて、いい匂いが漂ってきました。
橋本のこの美しいキッチンアトリエで物語は展開します。
時にカーテンを引き、照明の効果を織り交ぜながら。

物語は橋本こと長谷川卯太郎の語りに沿って時系列で繰り広げられていきます。
長谷川卯太郎が不老不死の体を手に入れた要因が「飲血」(いんけつ)-食事を一切摂らず人の血液だけを飲む-ということも結構早い段階で明らかになります。

一見荒唐無稽で、「飲血」という倫理にもとる、猟奇的な設定なのですが、おどろおどろしい印象はなく、単なるSFやホラーといった枠を超え、人としての生き方を問いかけるよう。
永遠の命を手に入れる代償として太陽の光を浴びることはできない、生殖能力を失う、といったあたりは「太陽」を思い起こさせます。

シベリア戦線で彷徨い、飢えに苦しむ卯太郎を救い、完全食の考えをインスパイアすることになる時枝、自分も若返りたいと飲血を始め、精神的に追い詰められて死んでしまう妻のトミ、繁華街で人から血を買う過程で知り合い心通わせることになる若いヤクザ、長い間支援してくれた先輩医師、その孫の医師夫妻・・・その時々、様々な人との関わりを示しながら、しんと迫る卯太郎の孤独感・・・住む場所や職を転々とし、医師としての仕事も戸籍も失って、それでもひとり生き続ける道を進む卯太郎の孤独はいかばかりか。

それだけに、初めて「おいしい」と感じる血液に出会い、その血液の持ち主である菜食主義者の五味沢恵(小野ゆり子)の共感と理解を得て公私にわたるパートナーとなり、体質にも変化が訪れて太陽の光の下にも出られるようになった心の平穏が、卯太郎にとってどれほど満ち足りたものであったか想像に難くありません。
閉め切っていたカーテンを開け、二人肩を並べて夕陽を見るシーンの美しさ、穏やかさ。

きっとあの時、卯太郎は「もう十分だ」と思ったのではないかな。


寺泊にすべてを語り終え、すっきりした表情で「もう終わりにしようと思います」と告げる卯太郎。
彼は、こんなふうに自分の「正体」をすべてさらけ出せる人、その真実を見破ることのできる人間が現れるのをずっと待っていたのではないかと思いました。
その役割を担った人物が命の限りを宣告されている寺泊というのも何だか神の采配のようでもあり、冒頭に書いた場面に繋がることも含めて、前川さんにヤラレタという感じです。

ホンが面白いのはもちろん、舞台転換も暗転も一切なく、カメラのストロボを思わせるような光と音で時間や場所を区切り、100年分のエピソードを流れるように一気に見せる構成・・・ホレボレするような演出手腕です。
「ポーの一族」が出てきた時は笑っちゃったけど、、時折挟み込まれる笑いと緊張の緩急も鮮やか。


そしてそれに応える役者さんたち。
昨年、劇団を支えてきた2人の女優さんが去って男性のみとなったイキウメですが、その5人がすばらしいのはもちろん、客演の5人もこの物語世界に見事にシンクロしていました。

浜田信也さんのクールで清潔感ありながらどこか狂気も秘めたような普通の人ではない感。
それを受ける寺泊・安田順平さんの静かな切なさ。

有川マコトさん演じる糸魚川典明もよかったなぁ。
卯太郎のよき理解者で支援者でもあったけれど、自分では決して「飲血」しようとしなかったことで、卯太郎の対照として置かれた人物。
「なんでトミちゃんを巻き込んだ」というひと言はとても重く響きました。
そのトミと五味沢恵の二役を演じた小野ゆり子さんも、前作「令嬢ジュリー」で観た時より段違いに役にハマっている印象でした。


大仰だったり教訓めいた説明台詞は一切出てきませんが、「人が『生きる』とはどういうことなのか」という問いかけに満ちた舞台。
その答えは観る側に委ねられるとして、同じ過ちを繰り返す愚かさも含めて、人って、生きることって愛おしいと思わせてくれる作品でした。




休憩なしの2時間20分超が全く長く感じない のごくらく度 (total 1230 vs 1234 )

posted by スキップ at 22:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
スキップさま! 拝読しつつ舞台を思い出してます。ありがとうございます(自分ではちっとも記録に残せないのです)。
イキウメの評判を耳にしながらも、実際に見ているのはここ数年、なんですが、つくづく「素晴らしい!」と思った作品でした。いろんなシーンが蘇ります。冒頭で実際に作るお料理、あれがテレビ番組の収録で、かるーい感じで入ったのに、サラッと「橋本はほんとに何も食べない」ことが示されてて、後々そうか!だったり。その最たるものが寺泊の病気のことですね。私、難病とか不治の病ものが苦手で、いっしゅん「何だよぉ」とも思ったんですが、浅はかでした、ゴメンナサイ、と。
美しい舞台装置も含めて、記憶に残る舞台となりました。
私はアフタートークのある回(前川さんとキャスト全員)を見たのですが、「イキウメンズ」という言葉を初めて知りましたよー。
Posted by きびだんご at 2017年06月17日 09:23
♪きびだんごさま

美しく切ない舞台でしたね。
私もイキウメの中でも特に好きな作品となりました。

そうそう、あの時、橋本先生が何も食べなかったことが後であれほど
効いてくるなんて、なんて緻密につくり上げられた脚本なんだろうと思いました。
寺泊の病気のことも、最後になって観る者にあんな直球で問いかけてくるのか、と、
ほんと前川さんにヤラレっ放しです。

アフタートークうらやましいです。
キャスト全員登壇だなんて、豪華ですね。
「イキウメンズ」という言葉は私もきびだんござまのブログで初めて知りましたよ~。
Posted by スキップ at 2017年06月17日 14:41
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