2015年11月24日

それは激情か受難か 「パッション」

passion.jpg「パッション」という言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、近ごろではパッションフルーツかしら(笑)。
情熱とか激情とか、どちらかといえば「陽」のイメージの意味を持つこの言葉はまた、ラテン語を語源とした「キリストの受難」を表す言葉でもあるという、遠い昔の学生時代に学んだことを思い起こさせてくれた舞台。


ミュージカル 「パッション」
作曲・作詞: スティーブン・ソンドハイム
台本: ジェームス・ラパイン  
演出: 宮田慶子
音楽監督: 島 健
出演: 井上芳雄  和音美桜  シルビア・グラブ  
福井貴一  佐山陽規 ほか

2015年11月14日(土) 5:00pm 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 
1階K列(7列目)上手



舞台は19世紀のイタリア。
騎兵隊の兵士ジョルジオ(井上芳雄)は、美しいクララ(和音美桜)との情熱的な恋に夢中になっていましたが、ミラノから辺鄙な田舎への転勤を命じられ、そこで上官リッチ大佐(福井貴一)の従妹フォスカ(シルビア・グラブ)に出会います。病に冒されているフォスカは、ジョルジオを一目見て恋に落ち、執拗なまでに彼を追いかけるようになりますが、ジョルジオは冷たくあしらいます。やがて・・・。


「パッション いやな感じ。悪い予感しかしない。」
これ、一幕終わった時点での私のツイートです(笑)。
二幕まで観終わって、そこまで悪い感じではなかったですが、好きか嫌いかというと嫌い、だからといって、面白くないかといえばそんなこともない、という舞台でした。


主役の3人(ジョルジオ・クララ・フォスカ)の誰にも共感できないし感情移入もできないのですが、そのいやな感じの元は何かと自問してみたら、やはりフォスカにつきます。
「フォスカの無私の愛」という言葉をどこかで見かけましたが、そんなふうには全く感じられませんでした。
フォスカの何がそこまで自分に嫌悪感を抱かせるのかとこれまた自問してみたら、
おどおどしながら空気読まない(読めない、ではなく)とか、「思い続けるだけ」といいながらつきまとってストーカーみたい、とかいろいろある中で、最も譲れないと思うのが、自分の弱さ(病弱であること=限られた命であること)を武器にしているところです。
それが彼女が意図したものであるか否かにかかわらず。「もうすぐ死ぬから最後のお願い」と言って、ジョルジオに自分宛のラブレターを書かせたり、自分のベッドで一緒に眠って、とねだるあたり、言われたままする方のジョルジオもどーよ?とは思いますが、彼女の命が短いことが、ジョルジオを言いなりにするトリガーのひとつになっているのは明らか。
森の中までジョルジオを追いかけて来て、雨の中で倒れたフォスカを、一度は置いたまま立ち去ろうとしてやはりどうしてもそれができなかったジョルジオの行動は、彼女への愛おしさとか関係なく、「人として」の行為だと思うのです。
「自分なら命をかけられるけど、クララはどう?」とジョルジオに詰め寄るに至っては、「それなら今ここで命をかけて見せればいいのに」とさえ思いましたもの(我ながら冷酷(^^ゞ)。

ま、フォスカの求愛を拒絶しながらも無下にできなかったり、ついやさしさを見せてしまうジョルジュの方にももちろん責任はありますが。
その行動は、彼のやさしさとか優柔不断さというより、上述したようなフォスカの武器に抗えなかったことと、彼女が上司の従姉妹だという打算も働いていたと思われ。

打算といえば、クララの行動が打算的と見えなくもないですが、当時の貴族社会において、彼女の考え方は至極ナチュラルではないかなと思いました。
先日観た「No.9 -不滅の旋律-」で高岡早紀さんが演じたヨゼフィーネとちょっと重なって見えたな。

とは言うものの、クララの不実を知る→フォスカの魔力に引き込まれるように(?)フォスカと真実の愛を交わし合う→リッチ大佐と決闘する→心を病む というジョルジオの心の流れには全くついていけませんでした。


冒頭のベッドシーンにはちょっとドキリとしましたが、舞台装置は総じてシンプル。照明は暗め。
スティーブン・ソンドハイムさんの楽曲は、急に転調したり、リズムが変わったり、なかなか難曲揃いの印象を受けましたが、さすが歌うまさんを集めたキャストはどの曲も聴かせてくれました。
やはり音響のいいホールで生オケで聴くミュージカル(・・という感じはそれほど受けなかったけれど)はいいな。

キャストではフォスカを演じたシルビア・グラブさんの熱演が圧巻。
華やかな美しさを封印し、猫背でいつもうつむき加減で、上目づかいで人を見る、おどおどして卑屈なんだけどちょっと神経が1本ズレてて得体の知れない感じ。
私がフォスカに嫌悪感を抱いたのは、とりもなおさずグラブさんのフォスカがリアルですばらしかったということだと思います。



ロビーに舞台模型が展示してあって写真も撮ったのですが、「ブログやフェイスブック、SNSにアップするのはお控えください」と注意書きがありましたので自粛いたします の地獄度 ふらふら ふらふら (total 1473 わーい(嬉しい顔) vs 1475 ふらふら)
posted by スキップ at 23:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 演劇・ミュージカル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
スキップさん、こんばんは。
早速読ませていただきました!
フォスカの“武器”、やっぱりそう思われますよね。
私だけじゃなくてほっとしました(笑)。
ジョルジオの選択も私はやっぱり納得が行かなくて。
気持ち的にかろうじて寄り添えたのがクララだったのですが、
彼女の考え方が当時としては至極まっとう、という一説に、
なるほどなあ、と思いました。
そういう時代背景や、お国の状況などを知っていると、
受け取れるものも多かったかもしれませんね。
Posted by 恭穂 at 2015年11月25日 21:12
♪恭穂さま

そうなのです。
私も自分の感想書いて恭穂さんのところお訪ねしたら
同じように感じてらっしゃるのを拝見して、
「おお、同志よ!」と思いました(笑)。

私も3人の中ではクララがまだ一番理解できたと思います。
まっとうなのかどうかは意見が分かれるかもしれませんが、
少なくとも当時の貴族社会で女性の立場としては、子どもを
失うことはもちろん、あの身分を捨てることなどできなかった
のではないかなと思います。

それにしてもジョルジオ(爆)。
Posted by スキップ at 2015年11月25日 23:57
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