2015年10月26日

お前が蝦夷の族長で、俺が坂上家の男なら   歌舞伎NEXT 「阿弖流為」 -阿弖流為 vs 田村麻呂編-

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千穐楽から9日。
もう平成中村座も始まったというのにまだ「阿弖流為」かという感じですが、あと2回分、感想まだ書けていないのです。
(いずれにしても似たようなことしか書けないのではありますが。)


松竹創業120周年   歌舞伎NEXT 「阿弖流為」
作: 中島かずき 
演出: いのうえひでのり 
出演:  市川染五郎  中村勘九郎  中村七之助  坂東新悟  大谷廣太郎  中村鶴松  市村橘太郎  澤村宗之助  片岡亀蔵  市村萬次郎  坂東彌十郎 ほか

2015年10月16日(金) 4:30pm 松竹座 1階1列センター



10月17日は千穐楽一公演(夜の部)に集中する所存でしたので、前日夜をmy 前楽としたいと思っていました。
ただ、チケット発売日の段階では仕事を抜けられるか微妙な感じだったので、チケットは取っていなくて、「行ける」となってからはあまり食指の動く席が残っていなくて・・・というところ、初日開いた日に最前列が戻っているのを発見。
電車の中でしたが即ポチとなりました。


1列9番。
今回松竹座はいつにも増して舞台と客席の間が近く、阿弖流為が、田村麻呂が、立烏帽子が、手が届きそうなくらい目の前にいる上に、龍神様の巨大頭が目に前にズンッと飛び出してきて思わずのけぞったり、阿弖流為の両刃の剣や田村麻呂の木刀や熊子の手やら、 いろんなものが舞台からはみ出しきてなかなかの3Dでございました。


「次に会う時は戦場かな」
「もしその時は・・」
「死力をつくして闘うのみ」
「参ったなぁ。俺も武士ということか。わくわくしてきたよ。
 義にあらず大義にあらず、この身の滾りは、ただ武士(もののふ)の血のなせるわざ」
「その武士(もののふ)の血が流るるは、大和の男ばかりにあらず」 「阿弖流為だ!」
「坂上田村麻呂!」

阿弖流為と田村麻呂が両花道で対峙して、初めて互いに名乗り合うこのシーンは、
新感線「アテルイ」でも究極の名場面。
私はこのシーンが大好き。
そして、この場面を観るともれなく涙がついてきます。

互いに相手の存在を、生き様を認め合い、命を預けるに足る相手とわかったまさにその刹那、命のやり取りをすることが運命づけられた二人。
「お前が蝦夷の族長で俺が坂上家の男なら、こうなるしかないだろ」と後に田村麻呂が言ったように、最期の対峙の時へ流れ始めた瞬間。歌舞伎NEXT上演にあたって脚本が改編された一つに田村麻呂のキャラクターがあります。
演じる中村勘九郎さんに宛てて、より若く真っ直ぐな青年像。
そこに、稀継・御霊御前の裏切り、阿弖流為の思い人である鈴鹿への仄かな恋情といったものが加わって、よりドラマチックになっています。
これが勘九郎さんに本当によくハマって、とても活き活き。
直情径行で喜怒哀楽が激しい田村麻呂は表情も豊かで、観ていて本当に楽しい。

対して阿弖流為。

「背負っているものが違うんだよ」と田村麻呂にいい放つ場面がありますが、
孤高にして清冽。
憂いを帯びた金褐色の眼、背中に悲愴感を漂わせ、常に感情を抑えて表に出さず、
荒覇吐に、「いずれわが魂はあなたのもとに」と言い
田村麻呂に、「滅びることで礎となる運命だ」と告げる阿弖流為は、
最初から自分の運命を受け容れる覚悟をしていたように思います。


「人柱」にされるはずだったのに鈴鹿に救われてそれを免れた田村麻呂。
自ら「礎」となることを選んだ阿弖流為。
心は通じ合っていても決して交わることのない二人の男の生き様の対比が際立ちます。


いつも感情を抑えているような阿弖流為ですが、哀しみを帯びた目の中にふと見せる表情にドキリとすることもしばしば。
この日は、荒覇吐との死闘の後、和睦して田村麻呂に従って行こうとする時、振り返って阿毛斗を見て、その後、そこにいたはずの荒覇吐が立っていた場所をじっと見つめる視線が慈愛にも哀しみにも見えて切な過ぎて・・・たらーっ(汗)

そんな阿弖流為がその思いを大きく爆発させるのは二度。
一度目は、神である荒覇吐と対峙した時。
そして二度目は、自分自身が戦神となった時。

「蝦夷は逃げず侵さず脅かさずだが、鬼は襲い脅し牙を剥く。
悪しき神、姦ましき鬼と恐れるがいい。
わが名は悪路王阿弖流為。北天の戦神なりっ!」

この怒りの激しさ。
哀しみの深さ。

だけど、
鬼神となった阿弖流為を人間に戻してくれたのもまた田村麻呂でした。

戦神となって荒れ狂う阿弖流為の前に、彼自身が和睦の時に渡した蝦夷の両刃の剣を持って現れる田村麻呂。
長い槍を振り回す手を止め、じっと田村麻呂を見る阿弖流為。
「大和にも男はいる。それだけはわかってくれ」と剣を差し出す田村麻呂。
あの日運命づけられた通り、最期の命のやり取りをするために。

「お前、戦神の力はどうした?」
「お前とやり合うのに、そんなもの使ったらもったいないだろうーっ!」

壮絶な斬り合いなのに、何だかうれしそうにもじゃれあっているようにも見え、
それが永遠に続けばいいとさえ思いました。

やがて、自ら剣を置くように動きを止める阿弖流為。
その阿弖流為を斬った自分の手を信じられないとでもいうように一瞬見て、
阿弖流為に視線を移す田村麻呂。
「お前っ、阿弖流為!」
「滅びることで礎となる運命だ」


たらーっ(汗)たらーっ(汗)たらーっ(汗)


阿弖流為は蝦夷を、自分の思いを託すことができる男に出会えて
それが田村麻呂という男で、幸せだったと信じたい。
荒覇吐にとって阿弖流為がそうであったように。


「好敵手」というありきたりな言葉ではとても表すことができない阿弖流為と田村麻呂の魂の繋がり。
それをリアルに見せ、感じさせてくれた染五郎さんと勘九郎さんに心からの拍手を贈りたいです。
阿弖流為と田村麻呂という人物のキャラクターはもちろん最初から確立されている上で、染五郎さんと勘九郎さんの年齢差、持ち味の違いをうまくそこにはめ込んで、これほど成功したキャスティングは見たことないというくらい二人ともハマリ役。

染五郎さんについては元々あて書きだということはありますが、勘九郎さんの奮闘がこの二人の物語をより深くも魅力的にもしていたと思います。
今回初めて歌舞伎を観た、初めて「阿弖流為」を観た、という人がこぞって「勘九郎さんの田村麻呂カッコいい~」とおっしゃっていたのもむべなるかな。
そしてそれを全部呑み込んで立つ染五郎さん阿弖流為の懐の深さとカリスマ性。
これ以上ないというくらい、本当にシビれる二人でした。


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一幕終演後の花道。
龍神様の名残り。



10/16の定点観測レポ:

■ 御霊さまネイル: この日も同じでした。
■ 近い: 随鏡との間に割って入る御霊御前に田村麻呂が「近いっ!」って言ってました。
■ シャケ: 蛮甲 → 阿弖流為へ (立烏帽子は完全に後ろ向いて拒否の態勢) → 阿弖流為 シャケを置く → 蛮甲 五郎丸ポーズからのゴール (附け打ちさんのホイッスルつき)
■ 牢屋: 胆沢の城に救出に行く場面。牢屋の鍵を開けるところも何気に日ネタになっていることに今さらながら気づきました。
この日は自動ドアよろしく蛮甲、阿弖流為二人揃ってジャンプして、「開かねぇな」と言ってました。
■ 熊子: 二幕の仮花のところで、附け打ちさんが熊子にジャック・オー・ランタンをプレゼントしていました。熊子、バッグみたいに手に持って仮花道を駆けて行きました。

10/12に観た時、阿弖流為が鈴鹿の形見の首飾りを右手首に巻いているのに気づいて「あれ?」と思ったのですが、この日も右手でした。
演舞場では左手に巻いていましたが、松竹座では最初から右手だったらしい。



7/5 演舞場初日カーテンコールの感想はこちら
7/5 初日の感想はこちら
7/25 2回目の感想はこちら
10/4 大阪1回目の感想はこちら
10/10 大阪2回目の感想はこちら
10/12 大阪3回めの感想はこちら
10/17 大千穐楽カーテンコールの感想はこちら



この日は松竹座で中島かずきさんをお見かけしたのですが、「こんなホン書いてくださってありがとうございました」と思わずお礼言いそうになりました のごくらく地獄度 わーい(嬉しい顔) ふらふら (total 1458 わーい(嬉しい顔) vs 1460 ふらふら)
posted by スキップ at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
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