2015年02月25日

いーちゃんの旦那さま

「いーちゃん、結婚するんですって」

それが、私が「坂東八十助」という歌舞伎役者の名前を意識した最初でした。

宝塚歌劇団花組の次期トップスターと誰もが思っていた、いーちゃんこと寿ひずる(当時 ひづる)さんがトップスター目前にして突然退団。
その理由が坂東八十助さんとの結婚、というものでした。

大人になって、歌舞伎を観るようになっても、八十助さんは私にとって「いーちゃんの旦那さま」
そして、「私たち(宝塚ファン)からいーちゃんを奪った人」(笑)でした。


でも舞台を観るうち、いつか、そんなこと忘れていたな。
八十助さん時代も、三津五郎さんを襲名されてからも、数々の名舞台を観せていただきました。
舞踊にはまったく疎い私の目で見ても、連れ舞などで三津五郎さんの踊りが他の人とは際立って美しくキレがあるのがわかりました。
歌舞伎座で観た「奴道成寺」の三つ面の踊りとか凄かったなぁ。

破天荒な勘三郎さんに対して、端正で生真面目な三津五郎さん、というイメージで語られることも多かったですが、「大江戸りびんぐでっど」の四十郎や「身替座禅」の奥方玉の井とか、可笑しみもたっぷり見せてくださいました。

どなただったかの襲名披露の口上で、舞台上あちこちに飾られた「壽」の文字を、「ひさし、ひさしと私の名前がたくさん書かれて」と茶目っ気たっぷりにおっしゃったのも印象に残っています。

映像でのご活躍も顕著でしたが、最も印象に残っているのは2006年の大河ドラマ「功名が辻」で演じられた明智光秀。
あんなに深い哀しみと孤独を湛えた光秀を見たのは初めてでした。
それとともに、「敵は本能寺にありっ!」という台詞が、TVの画面を通しても、声量も口跡の確かさも他の役者さんとは一線を画した別格感があったのを今でも鮮烈に覚えています。


昨年3月の俳優祭でお元気なお姿を拝見したのが最期となりました。


2015年2月25日 本葬。

まだまだ実感が湧きませんし、
信じたくない気持ちでいっぱいです。

志半ばにして旅立たれるご無念はいかばかりでしょう。


「父の芸というのは、誰でもできるような小さな努力を、誰にも真似できないほど膨大な数 積み重ねた先にあった一つの究極の形だったのではないかと思います」
巳之助くんの言葉が心に染みます。



坂東三津五郎さんのご冥福を心からお祈り申しあげます。
posted by スキップ at 23:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いーちゃんの現役時代は残念ながら存じ上げないんですが…
20年くらい前かな?バラエティ番組の宝塚OG特集みたいな番組にご一家で出られてて、すごく微笑ましかったのを覚えています。
小柄な八十助さんに身体を屈めて寄り添ういーちゃん。
やんちゃ坊主の光寿くん。

巳之助さんのこれからのご活躍を見守っていきたいです。
Posted by めめねず at 2015年02月27日 19:12
♪めめねずさま

いーちゃんは「ベルサイユのばら」2演目オスカルとアンドレ編の
初代小公子でシングルレコード(笑)も出して、大地真央さんとともに
若手スターのアイドルでしたね。

ご夫妻には私たちにはわからない紆余曲折があったかと思いますが
あんなご挨拶ができるほど立派に育った巳之助くんはお二人の誇り
ではないでしょうか。
Posted by スキップ at 2015年02月28日 00:13
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