2015年02月05日

歌舞伎座 壽初春大歌舞伎 夜の部

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歌舞伎座で毎月歌舞伎が上演されているからと言って、大阪から毎月観に行ける訳ではありませんが、ワタクシ的に「これは絶対ハズしたら駄目でしょ」と思う演目や顔合せの時があって、1月の歌舞伎座がまさにそれ。

昼夜とも玉様降臨とか、猿之助さん新しい歌舞伎座初登場(しかも「黒塚」!)とか、多分 贔屓の染五郎さんが出ていなくても観に行ったと思います。
若さが眩しい浅草歌舞伎もよいけれど、歌舞伎座の初春は質量ともに格の違いを見せつけてくれて、さすがの大歌舞伎を堪能いたしました。


松竹創業120周年
壽初春大歌舞伎 夜の部
2015年1月24日(土) 4:40pm 歌舞伎座 3階2列上手



一、番町皿屋敷
出演: 中村吉右衛門  中村芝雀  大谷桂三  嵐橘三郎  市川染五郎  中村東蔵 ほか


「番町皿屋敷」というと、家宝のお皿を割ったかどで理不尽に殺されたお菊さんが化けて出て「いちま~い、に~い」とお皿を数えるという怪談・・・くらいしか知識がなくて、もちろん歌舞伎で観るのも初めて。
そのウラにはこういう純愛ストーリーがあったのね、と知りました。

愛する人の心を試すために家宝のお皿をわざと割ってしまうお菊さんには「そんなことしなくても・・」と思い、真相を知って激怒する青山播磨には「そこまで怒らなくても・・」と思ってしまったのですが、お菊さんがそんな行動に出てしまったのは、いくら互いに愛を誓い合っていたとはいえ、播磨は旗本、自分は腰元という厳然たる身分の違いがある訳で、いかにも封建時代のお話です。お菊さんはいかにもなよなよとしていて自信なげで女から見るとイラッとする(笑)タイプの女性ですが、そこが男性の目からはいじらしくて頼りなげで守ってあげたい本能をくすぐるということになるのかしら。
本当に播磨のことを愛してはいても、だから縁談話を聞いて、自分の身分のこともあって不安で不安でその心を試すような行動に出てしまう愚かさ、弱さが哀れで切ない。
そしてそんなお菊さんを演じる芝雀さんが本当に上手いです。

吉右衛門さんは声を高めにして若さと、喧嘩好きで血気にはやる青年を表現していて、私にとっては結構新鮮。
青山播磨って直情径行の人なのかなとも思いますが、彼にとってもこれは一生一度と決めた恋で、青年らしい純粋さと男としてのプライドが、自分の気持ちを試すようなことをしたお菊を許せなかったのでしょう。
お菊にお皿を出させて、真っ直ぐお菊を見据えながら一枚、また一枚と割っていく鬼気迫るような無言の圧力、コワかったです。

お菊を手打ちにし、その亡骸を井戸に投げ入れさせて、「播磨が一生の恋も滅びた」と絶望して喧嘩に生きようと駈け出していく幕切れが鮮烈。



二、女暫
出演: 坂東玉三郎  中村歌六  中村錦之助  中村七之助  市川團子  市川弘太郎  市川笑也  市川男女蔵  中村又五郎  中村吉右衛門 ほか


舞台いっぱいに様々な扮装の役者さんたちが並び、祝祭劇の趣きでお正月らしい華やかさ。

「暫」の女性版「女暫」は時蔵さんや福助さんでも拝見したことありますが、玉三郎さんの「女暫」は2012年9月 松竹座の中村勘九郎襲名披露興行以来でした。

鳥屋から「しば~らく~ しばぁ~らぁ~~く」と聞こえてくる声は、以前感じたのと同様、少しくぐもったような、奥歯に何かはさまっているような感じに聞こえたのですが、玉三郎さん巴御前が姿を現してからは、その美しさ、華やかさ、そしてこう言っては失礼ながら、何とも言えない可愛らしさに目が奪われっ放しです。
花道七三にピシリと立つ姿の凛々し。切る見得の圧倒的な美しさ。敵方とのやり取りで、ツンと顔を背ける高ピ~っぷりのおかしさ、可愛らしさ。
場内を圧倒するような存在感と客席中の視線を一点に惹きつけるオーラは玉三郎さんならでは。

今回の舞台番は吉右衛門さんというご馳走。
前の演目とは打って変わって力が抜けていて、「でれつく でれつく~」と歌ったり、六方のお手本を見せたり、ゆるーい感じのやり取りがとても楽しかったです。
ゆるゆるなんだけど粋な雰囲気は失わない吉右衛門さん。本当にステキでした。

又五郎さんの震斎、七之助さんの若菜ペアも楽しかったです。
茶高見が市川團子ちゃんで、短い出ながらやんやの拍手を浴びていました。



三、猿翁十種の内  黒塚
出演: 市川猿之助  市川門之助  市川寿猿  市川男女蔵  中村勘九郎 ほか


2013年4月の開場以来、まだ出演されていなかった市川猿之助さん、満を持しての歌舞伎座初登場です。

初代猿翁が奥州安達原の鬼女伝説から生まれた能を基に、ロシアのバレエの動きも採り入れて創作した舞踊劇。
二代目猿翁(先代猿之助)の当たり役でもあり、澤瀉屋のお家芸のひとつです。

もうね。
凄いもの見せられている感ハンパなかったです。
猿之助さんの研ぎ澄まされた世界観の中で、役者さんはもちろん、長唄も音曲も月も芒も、影さえも存在を示していて、瞬きする間ももどかしいほど。

小さな庵に棲む老女の影が映し出され、そこに道に迷った阿闍梨祐慶一行が訪ねてくる第一場
凍れる美しい月が空にかかり、一面の芒の中、岩手が一人踊る第二場
鬼となった岩手が祐慶たちと対峙する第三場
・・・どの場面も一幅の絵のように美しく、広い歌舞伎座の舞台がまるで別空間のように感じられました。

今回照明の美しさもとても印象的だったのですが、この感想を書こうと筋書を見ていて、「原田保」の名前を発見。
月に照らされた岩手の影をはじめ、あの立体的かつ幻想的な照明・・・そうだったのか~。

猿之助さんの舞踊の上手さ、身体能力の高さは誰もが認めるところですが、それを凄まじいまでの集中力で発露している感じ。
二場で芒の中を高いところから斜めに下りて来る時、あまりにもスーッと動くので、ベルトコンベアに乗っているのではないかと思ってオペラグラスでガン見したほど。
阿闍梨祐慶の言葉に仏果を得たと思って喜ぶ岩手が童心に返り、月光に浮かび上がる自分の影と戯れて踊る、浮き立つような姿の可愛らしさ。
一転して鬼女へと変貌し、祐慶たちと対する緊迫感に満ちた踊りの迫力。
花道の仏倒れは、あそこでやるとわかっていても「おお!」とどよめきが起こっていました。

鬼女は人間なら誰もが抱える負の面の象徴。
強くて恐ろしくて、孤独で悲しくて哀れ。
そしてたまらなく愛おしく思えたのでした。

勘九郎さんの阿闍梨祐慶もとてもよかったです。
いかにも清廉で高潔な僧。
この阿闍梨に祈ってもらったら、本当に自分の穢れを清めてもらえるのでは、と思えました。
立ち姿も凛として品があってカッコよかったな。

「え?強力、寿猿さんなの?」と驚いた配役。
でしたが、思った以上に動けていましたし、阿闍梨祐慶とは真逆のいかにも人間らし心の弱さを見せていてうまかったな。


この配役って猿之助さんが決めるのでしょうか。
プロデューサーとしての眼力も一流ですね。


こんなに見応えあるなら一等席で観ればよかった のごくらく地獄度 わーい(嬉しい顔) ふらふら (total 1322 わーい(嬉しい顔) vs 1327 ふらふら)
posted by スキップ at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
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