2013年07月25日

読了 「魔群の通過」

magun.jpg元はといえばあかいくらやみ」の予習のために読み始めた原作本。
何だか人の名前とか関係がややこしくて、苦労してちょっぴり読んだところで観劇の日を迎えてしまい、舞台観た後はモチベーションもすっかり下がって放置していたもの。再度取り出して読んでみたら、これが存外におもしろく、引き込まれて一気に読了しました。

「魔群の通過」
作: 山田風太郎 
廣済堂文庫 山田風太郎傑作大全18 
初版 昭和56(1981)年6月 角川文庫


尊皇攘夷派と佐幕派の対立激しい幕末の水戸藩で勃発した内戦。
水戸の攘夷派・天狗党は、天皇と旧主君の弟である一橋慶喜に志を伝えるため、水戸から京へ1000名による大行軍を開始します。賊軍という汚名を受けたため、佐幕派である諸生党、さらには幕軍の追撃を受け、過酷な自然と闘いながら辿り着いた敦賀の地でついに降伏。その彼らを待ち受けていたのはさらに過酷で悲惨な結末・・・。実際に天狗党の一員としてその行軍に参加した15歳の少年・武田源五郎が40数年の時を経て、福井地方裁判所判事・武田猛となり、敦賀史談会で講演する、という形を取った作品。
彼の口により、当事者しかわからないことやその時の感情を交えながらも、事実を淡々と、小説というよりノンフィクションのドキュメンタリーといった観の筆致で綴られています。

「維新史最大のタブー」と言われ、一陣の狂風の如く幕末を駆け抜け、消え去った「魔群」水戸天狗党。世間一般にあまり知られることのない天狗党の行軍が、実際にその行跡を辿って取材もしたという緻密な描写によって浮かび上がります。

首領である武田耕雲斎を筆頭に、若きリーダー・藤田小四郎仏門にありながら天狗党に加わり今弁慶と呼ばれた豪放な僧 全海入道、耕雲斎の嫡孫である17歳の美少年 武田金次郎・・・といった天狗党の人たちの生き様が一つひとつ心に染み入り、あまりにも苛酷で凄惨な最期には息が詰まりそうになります。
中でも、気骨ある有能な73歳の軍師 山国兵部の魅力的なこと。彼の辞世 「ゆく先は冥土の鬼と一と勝負」もとても「らしく」て印象的でした。

歴史は一方の側面からだけ見るものではない(放映中の大河ドラマ「八重の桜」もそうですが)とは言え、天狗党を追いつめる側である諸生党の市川三左衛門、その背後で冷酷無情な処断を下す幕軍総督・田沼玄蕃頭といった敵対する人々はどこまでも憎々しく描かれていて、ほんと、嫌いになっちゃう(笑)。
さらに、人質として天狗党の行軍に加わる市川の娘 お登世と田沼の愛妾 おゆん。

史実を克明に辿りながら、この物語の芯はあくまでも「人間」。
人間の信念や意地のぶつかり合い、強さ、脆さ、愚かしさ、その心の恐ろしさ、そして報復の連鎖の虚しさ・・それらすべてがこの物語からほとばしり出るようです。

で、思った。
圭史くん、この天狗党だけを描くのではいけなかったのかな(←そこ?)


この原作を読了した今だから再度「あかいくらやみ」を観たいと思っていたのにWOWOWの録画予約忘れるという大失態 の地獄度 ふらふら (total 1130 わーい(嬉しい顔) vs 1137 ふらふら)
posted by スキップ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | books | 更新情報をチェックする
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