2011年02月27日

市川染五郎 受け継ぐ河内屋与兵衛

abura2.jpgさんざんに言い立てて借金を申し込む与兵衛を憐れに思いながらも「ならぬと言うてはきつうならぬ」と毅然として断るお吉。
お吉の心が変わらないと悟り、絶望し、次の刹那、目の中に狂気の炎を灯す与兵衛。
この与兵衛の表情が目に焼き付いて離れませんでした。

二月花形歌舞伎 第二部 「女殺油地獄」
野崎参り屋形船の場より 豊嶋屋逮夜の場まで


作: 近松門左衛門
補綴: 齋藤雅文
出演: 市川染五郎  市川亀治郎  市川高麗蔵  坂東亀三郎  中村亀鶴  市川門之助  坂東彦三郎  片岡秀太郎 ほか

2月20日(日) 4:30pm ル テアトル銀座  6列上手


片岡仁左衛門さんの一世一代がまだ記憶に新しい「女殺油地獄」。
松嶋屋さんの当たり役 河内屋与兵衛に市川染五郎さんが10年ぶりで挑みます。

冒頭 会津のお大尽が芸者小菊らと屋形船で遊ぶ「野崎参り屋形船の場」から入りますが、いつも土手の上から揶揄する場面ばかりでしたので、この船の場面を観るのは初めてでした。そうしているうちに廻り舞台がぐるりと回っていつもの徳庵堤の場へ、と転換していきます。四月半ばの浮足立ったような陽気と、賑う野崎参り、そしてはやし立てる仲間たちの中に明るく駆け込んでくる与兵衛。若さの熱に浮かされているような与兵衛、鮮やかな登場です。

染五郎さんは、以前トークショーでもやりたい役として河内屋与兵衛をあげていらしたし、先日見かけた雑誌でも、今年の抱負としてやりたい役に「弁慶」「仁木弾正」そしてこの「河内屋与兵衛」と書いていらっしゃいました。松竹座で海老蔵さんが怪我のため急遽休演となり、仁左衛門さんが代役として与兵衛を演じられた際(こちらこちら)にも、巡業中にもかかわらずわざわざ駆けつけてご覧になっていたとも、今回も仁左衛門さんの教えを請うたとも聞いています。ワタシ的にも、高麗屋の若旦那贔屓ということを差し引いても、仁左衛門さんの与兵衛を継承するのは、染五郎さんが最右翼だと考えています。染五郎さんの与兵衛は、期待に違わずすばらしかったです。
与兵衛は客観的に見れば自分に甘く弱く、卑怯で小心者で救いようのないダメ男ですが、ぼんぼんとしての育ちのよさや若さゆえの無鉄砲さ、母性本能をくすぐるような憎めなさ、そして美しさも色気もあるという理想的な与兵衛でした。
「河内屋の場」では、その与兵衛のダメっぷりというか鬼畜っぷり(笑)が如何なく発揮される訳ですが、坂東彦三郎さんの父徳兵衛、片岡秀太郎さんの母おさわ、中村亀鶴さんの兄太兵衛、澤村宗之助さんのおかちが皆よくて、この物語は与兵衛とお吉ばかりでなく、この家族の悲劇でもあったのだなと思い至りました。特に、亀鶴さんの太兵衛は、少ない出ながらも両親や弟を思いやる心持ちが滲み出ていて、最後の与兵衛が捕えられる場で、まだ打ちかかろうとする捕り手から自分の身を呈して与兵衛におおいかぶさって「もう勘忍したってください」と庇う姿に思わず涙。

そして、「豊嶋屋油店の場」
亀治郎さんのお吉は、終始毅然としているというか、面倒見のよい“姉”としての一線を越えないお吉という印象で、その分、理不尽に殺される悲劇が際立ちました。殺されると気づいて真っ先に子供を残して逝くことの未練を口にし、血に染まりながら「死にとうない」「死にとうない」と絞り出すように繰り返すお吉。その指で与兵衛の頬にくっきり血の跡を残し、油まみれになりながらのけぞって死んでいくお吉。殺しの場面の様式美の美しさもさることながら、お吉の無念が心に突き刺さり涙で拍手をするのも忘れていました。
震える手でやっと刀を鞘におさめ、戸棚から金をかき集めて、よろめきながら解けたお吉の帯の上を辿って店の外に出る与兵衛。ここからの花道の引っ込み、狂気と正気が入り混じり、極度の緊張と高揚と残忍さと畏れと・・・いろいろな感情がその表情に現れては消え、通常より短い花道が永遠に続くように感じられました。

これまで観た「女殺油地獄」はすべてこの花道の引っ込みで幕となりますが、今回は、その後があります。
与兵衛が去り、殺されて横たわるお吉の姿だけが仄蒼いライトに浮かび上がったまま豊嶋屋の場面が回転すると舞台は北新地の遊郭となります。
ここへ客席から与兵衛登場。すっきりした身なりで先ほどとは打って変わって明るい表情。これ、同じ役だからそんなに感じないかもしれませんが、あの油まみれから衣装はもちろん、化粧、髪まで整えての超早替りです。
ここで客席をいじったりして舞台に上がっていきます。まるで自分の犯した罪など忘れてしまったかのように放蕩三昧の与兵衛。
次の豊嶋屋の場面。お吉の三十五日法要に何食わぬ顔をして加わろうとしながら、「すんなり金を貸してくれれば殺されずにすんだものを」と無表情でつぶやく与兵衛。今の若者にも通じる二面性を見たようで、現代的な与兵衛と感じられる所以です。
現代的といえば、染五郎さんの与兵衛を観ながら、何度か森山未來くん主演の「ネジと紙幣」が頭をよぎりました。もちろん原作が同じだからなのですが、何か共通する現代性とか普遍性が感じ取れるのだと思います。

お吉の三十五日に豊嶋屋の天井からひらりと落ちてきた血のついた与兵衛の書きつけ、そしてお吉を殺した時に着ていた与兵衛の袷が証拠となってついに捕えられる与兵衛。
観念したかと思えば最後まで暴れたり、自分をかばってくれる兄太兵衛を睨みつけたり(たぶん出来のいい兄へのコンプレックスの表れ?)、引っ立てられる時に見せた自嘲ともとれる酷薄な薄笑いの後に見せた遠くを見る表情は、心なしかどこか安堵したようにも見えたのでした。


位置情報 客席上手通路に登場した与兵衛。
まずは客席に若い男性を見つけて名前を聞いたりしてからんで、「この人とこの与兵衛とどっちが男前か」と客席に拍手を求めていました。
私はもちろん与兵衛に拍手しました。

それから小さな女の子を見つけて、彼女の前で「整いました」を披露。
本日のお題は「うわさ話とかけて」
「うわさ話とかけて、刺身の舟盛りととく」
そのココロは、「どちらも尾ヒレがつくでしょう」
女の子に「どう?」と聞いて何か手渡していました。いいなムード


染五郎さんの与兵衛にまた逢いたい できれば松竹座で のごくらく度 わーい(嬉しい顔) (total 753 わーい(嬉しい顔) vs 755 ふらふら)
posted by スキップ at 23:18| Comment(10) | TrackBack(1) | 歌舞伎・伝統芸能 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初演から10年ですか。
私が観たのはたぶんその初演。
こういう時こそ観に行くべきなんだけど
残念ですわ。

染x亀@南座なんていいのになあ。
Posted by おまさぼう at 2011年03月01日 01:09
♪おまさぼうさま

私は初演は映像でしか観たことがなくて、おまさぼうさんが
うらやましいです。
河内屋与兵衛は染ちゃん、これからも演じ続けていくでしょうから
またご覧になる機会はたくさんあると思います。

>染x亀@南座なんていいのになあ
いいですね~♪
南座や松竹座でこのコンビが観たいです。
ルテ銀の千穐楽昼の部の“夫婦漫才”では、「あんな役者バカは
市川染五郎と市川亀治郎ぐれぇだ」とおっしゃっていたそうなので
また二人でいろいろやってくれるといいなと期待しています。
芸風は違うけれど、伝統を大切にしながら新しいものを採り入れたり
挑戦していく姿勢、どこか似ている二人ですよね。
Posted by スキップ at 2011年03月01日 06:33
染五郎さんの与兵衛を見て、ああこれで松嶋屋さんを継ぎ、かつ新たな与兵衛役者が現れたのねという感慨が湧きました(初演は見ていないので)。
華といい、豹変ぶりといい、言うことなしだと思いました。
彦三郎さんも秀太郎さんも宗之助さんもみんなよかったですね。中で亀鶴さんの存在が光りました。与兵衛をかばう場面では私も思わず涙が出ました。
花道についても同感です。短い花道であのような効果が出せたのはまさに染五郎さんの演技力でしょうね。
2月の東京で唯一の歌舞伎公演、一部二部とも素晴らしかったですね。
Posted by SwingingFujisan at 2011年03月04日 17:27
スキップさん、こんばんは!
とっても見ごたえある舞台だったようですね。
私は結局観にいけなかったのですが、
レポを読ませていただいて、
とても嬉しい反面、めちゃくちゃ悔しくなっちゃいました(笑)。
その後の与兵衛、是非観てみたかったです。
染五郎さんと亀治郎さん、また組んでくださるかしら・・・
そのときを楽しみにしていようと思いますv
Posted by 恭穂 at 2011年03月04日 22:27
家の芸の継承はもちろんですが、父祖とは違ったニンの役者であれば、そのニンに合った役もこなして芸の幅を広げればいいと思っています。歴代の團十郎だって代によって当たり役が違っているようですからね。染五郎丈には高麗屋播磨屋の芸プラス松嶋屋の芸と取り組んでいって欲しいです。
三幕目冒頭の客席でのチャリ場、私が観た日は劇場のイケメンスタッフと並んでどっちが男前かと女性客に聞いてましたが、「空気読んでね」と圧力をかけてました(笑)染ちゃんのチャリ場、可愛くていいです。さすが劇団☆新感線仕込みですよね?!
Posted by ぴかちゅう at 2011年03月05日 10:50
♪SwingingFujisanさま

ほんとうに染五郎さんの与兵衛、とてもよかったです。
現代的な香りがするのも、花形世代の染五郎さんらしくて
よかったなと思いました。
与兵衛の、実は小心者なのに虚勢をはったようなとところ、
お上手でしたよね。
初演から10年を経て、いろいろなことを経験されて、
満を持しての再登板ですが、今後も演じ続けていただきたいです。

二月花形は、一部二部とも華やかで見応えたっぷりで
観終わった後、あ~幸せ♪と思いました(笑)。
Posted by スキップ at 2011年03月06日 00:02
♪恭穂さま

昼の部、夜の部ともに見応えがあって、染五郎さん、亀治郎さんが
活き活きと演じられていて、まさに「花形歌舞伎」でした。
染五郎さんはこれからも河内屋与兵衛を演じてくださるでしょうし、
亀治郎さんとも組んでくれると思います。
このお二人でいろんな舞台、観たいですよね。

とりあえず次は五月の明治座でしょうか。
お二人が共演される演目は「川連法眼館」のみのようですが、
楽しみです。
Posted by スキップ at 2011年03月06日 00:10
♪ぴかちゅうさま

高麗屋・播磨屋プラス松嶋屋! すごいなぁ、染ちゃん(笑)。
でもほんとにいろんな可能性のある役者さんだと思います。
ご本人は弁慶をやりたいようですが、まだ少し先になりそうだし(笑)。
私は結構仁左衛門さんとイメージ重なる部分多いのですが、
熊谷直実にしても仁木弾正にしても、吉右衛門さんや幸四郎さんのを
観る前に仁左衛門さんで観たからかもしれません。

「空気読んでね」とは言ってくれますね(笑)。
ほんとに人柄かお育ちか、何をやっても可愛げと茶目っ気が
ありますよね~(←贔屓目?)
Posted by スキップ at 2011年03月06日 00:18
随分前のブログのコメントしてごめんなさい
この時の染五郎亀治郎コンビがとても良かったので
書き込んでしまいました 一昨年松竹座で愛之助さんとの「油地獄」ありましたがその時より良かったです (らぶりんファンの方ごめんなさい)
染亀コンビは息が合っています 亀治郎さんが猿之助になっても時には染さんと夫婦役を見せてほしいものです
Posted by さくらそう at 2011年10月31日 11:25
♪さくらそうさま

いえいえ、どんな古い記事へのコメントでも大歓迎です。
ありがとうございます。

このテアトル銀座の公演は、昼夜とも染-亀の息がよく合っていて
とてもおもしろかったし見応えがありました。
パルコ歌舞伎の安兵衛-ホリとか、歌舞伎座でやった「竜馬がいく」の
竜馬-おりょうカップルもよかったですよね~。

ほんとに、猿之助さんになっても染五郎さん相手にいい女っぷりを
見せていただきたいです。
Posted by スキップ at 2011年10月31日 20:06
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